2015年11月 2日 (月)

『.父の詩集』 福岡市総合図書館にて②

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父は詩集を3冊、句集を1冊自費出版しています。国立国会図書館のサイトで検索したら、福岡市総合図書館に所蔵されていることがわかりました。4冊とも閉架の『竹内實文庫』に配架されていますが、他に2冊が開架の郷土資料にありました。すべて禁帯出資料。館内での閲覧に限られます。
竹内實さんは、「日本における中国研究の第一人者。社会科学的視点に加えて、文学・思想・歴史学などの視座も含む総合的な現代中国論を構築し、人々の真の中国理解に大きく貢献した。(ふーあ 福岡アジア)」京都大学の名誉教授で、『福岡文化アジア賞』を受賞されました。父親は若い頃仕事絡みでご一緒させていただき、その後も親しくさせていただいていたようです。受賞のお礼にとこの図書館に中国関係の貴重な資料などの蔵書を寄贈されたのですが、その中に父が送りつけた詩集があったのだと思います。
開架の郷土資料も地元の有名な詩人の方が寄贈したコレクションでした。父の詩集の遊び紙には、父の献辞が書かれていました。どなたのコレクションだったのかは失念してしまいました。この図書館のサイトを見てもわかりません。それくらいのことが判るようにサイトの整備をお願いしたいですね。なんて、偉そうですね。閲覧した時にちゃんとメモしなかったことは、司書見習いとして失格です。
父の詩集は自費出版で一般には一切流通していないと思います。それが図書館に配架されているのは、そのコレクションが受け入れられる価値があるものだと認められる方に父が送り付けたからです。もし何か本を出版することになったら献本すべきですね。とは言っても、私には出版できるほどの文章を書く才能もないし、そのコレクションが価値あるものだと認められるような方との親交もありません。

父は平成2791日午前77分に亡くなりました。85歳でした。
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月の中旬までは、図書館や映画館に行くほど元気でした。一昨年の春に膵臓癌の手術をしてからの2年半は父にとって真の余生でした。58歳で仕事を辞めた後は、週1コマ短大の講師を6年間勤めた以外は全く働くことなく読書三昧。たまに映画を見に行ったり、図書館に行ったり、母親が段取りした旅行に行ったりする以外は殆ど実家で本を読んでいました。亡くなる直前に同人誌に発表した詩が地元紙に紹介されたこともあって、「詩人」として死亡記事が掲載されました。「詩人」として死ねたことは、父にとって満足できる最後だったと思います。死にたくなかっただろうけど。

父を直接知っている方以外には、亡くなったことをお知らせしませんでした。ご報告が遅くなって申し訳ありません。また、葬儀にご参列いただいた方、供花、弔電をいただいた方には心から感謝申し上げます。

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2015年3月22日 (日)

大学の図書館で働き始めて一週間。

大学の図書館で働き始めて一週間。まだ、「司書」らしいことはほとんどできていません。
主な仕事は貸出と返却のカウンター業務なのですが、大学は現在春休み。来館者も少なく手順に慣れることもままならず、このまま4月の超繁忙期を迎えるのは大いなる不安を感じるところです。

資格を持つ人の数に対して働き口が少ない司書の仕事が出来ることは幸運だと思います。
一人前の司書として何が出来るのかを考えてみました。
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歳にして司書初心者の私が、ベテラン司書に追いつくのは無理かもしれません。ならば、30年以上の経験がある広告屋としてのスキルを活かして少しでも役立たせるしかないですね。
図書館業務も広告屋もある意味サービス業であることは共通しています。コミュニケーション業とも言えるでしょう。利用者に対してどれだけ高度なサービスが出来るかが重要になります。高度なサービスのためにはコミュニケーションが必要となります。

図書館のサービスは「テクニカル」と「パブリック」に大別されます。
「テクニカルサービス」は選書、受入、登録、装備や目録作成等、利用者の目につきにくく、図書館独特のサービスと言えます。利用者が目の前にいるわけではなく、遠い未来の利用者のことも考えなくてはいけません。司書のスキルとしてはこちらが重要視されている雰囲気があり、年寄りながら新参の私がベテラン司書に対抗するのは難しそうです。

一方、「パブリックサービス」は、貸出やリファレンスなどの閲覧業務、児童サービスなど、目の前にいる利用者へのサービスだといえます。利用者の要望にどれだけ応えられるかが勝負です。利用者の要望を正しく深く理解するコミュニケーションが重要となります。このコミュニケーションは「広告」と共通のものではないでしょうか。

リファレンスは利用者の欲する資料を的確に、できれば先取りして提供することが使命です。大学図書館の主な利用者は学生と先生。研究者ですからある分野の専門家、またはそれを目指す人となります。その分野の知識では司書が敵う相手ではありませんが、司書のスキルで彼等の満足する資料を提供しなければなりません。

広告屋はクライアントの要望を的確に、できれば先取りして理解し、最適な広告プランを提供するのが使命です。広告の対象である商品を理解するのは必須ですが、この商品についてクライアントは専門家です。広告屋は商品知識ではクライアントに適いませんが、広告屋としてのスキルでクライアントが満足し、しかも多くの人が興味を持ち購入に至る広告を提供しなければなりません。

コミュニケーション力とソリューション。これが広告屋と司書に共通するスキルかもしれません。時に難しくなる専門家の説明や思いをシンプルに理解しわかり易く発信する広告屋のスキルを究めようと私は30年以上仕事してきたつもりです。これは司書の仕事に大いに役立つではないか。そう信じて司書の仕事に取り組もうと思います。

以上、新米司書が偉そうに書いてきましたが、何しろ今のところ、正しく貸し出して、キチンと返却を受け付け、正しい棚に戻すという、閲覧業務の基本中の基本も覚束ない状況です。まずはこれをキッチリ熟すのが当面の課題ですね。

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