2017年12月11日 (月)

第3回大阪ホームレス会議

 「第3回大阪ホームレス会議」に出席しました。
 8年ぶりに開催された今回の「ホームレス会議」のテーマは「食のセーフティネットのいま」。
 平成28年度の日本の食料自給率は、カロリーベースで38%。生産額ベースでも68%です。なのに、まだ食べられるのに捨てられている食べ物、いわゆる「食品ロス」が年間約632万トンもあるそうです。そんなもったいない状態のなかでも、この日本で餓死する人が少なからずいるのです。
 このおかしな状況を少しでも解消するために頑張っているのが、「フードバンク」。
お話を聞かせていただいたのは、フードバンクを利用されているビッグイシュー販売者の方と、以下の皆様。
・高橋実生さん (フードバンクかわさき 代表)
・浅葉めぐみさん (認定NPO法人フードバンク関西 理事長)
・古市邦人さん (NPO法人炊き出し志絆会 理事)
・川辺康子さん (にしなり☆こども食堂 代表)
どんな考えのもとに、どんな活動をしているのかは、それぞれのウエブサイトをぜひ見てください。

 それぞれのフードバンク代表の方は、当たり前のことを普通にやっているという感じでお話しされていましたが、やっていることは社会の歪ともいうべき酷い状況を少しでもましなものにするために確実に必要で役に立っていると思います。本来は政治と行政が担うべきことですが、現状は最低限のセーフティネットであるはずの生活保護でさえ引き下げが検討されているという異常事態。あまりの情けなさに腹立ち、悲しく、涙が出そうでした。
 質問コーナーの最後、大企業が大量に産業廃棄物としてお金を払って処理しているものを引き取ればいいのではないかと参加者からの質問がありました。しかし、現状の法律では、企業は商品を食品として出荷する以外は、すべて廃棄物として処理しなければいけないらしく、廃棄物とされた食品をフードバンクが引き取り他者に提供することはできないそうです。引き取るには寄付してもらうしかないのですが、決裁が必要な経営トップまで話が上がるのは難しいようです。そもそもなんでそんなにロスが出るのかとか、もし事故が起こったら誰が責任をとるのか、なんていうことになり話が握りつぶされるのです。
 特定の要件を満たしたフードバンクに提供を認める特例を認めれば解決するのですが、フードバンクにはロビーイングする資金もなく手詰まりの状況だそうです。
 パネラーの皆さんは行政や政治に対する怒りや愚痴はほとんど口になさらず、腹が立つことはないのか聞いてみたいと思っていましたが、この話をされた時のフードバンク代表の方は、さすがに声も大きく、語調もきつくなっていたように思いました。本来行政が担うべきことなのに、邪魔されているという情けない状況です。
 ビッグイシュー代表の佐野さんは、最後の挨拶で本来行政が担うべきことではあるが、民間の力で人を助けられるようになっていることは社会が良い方向に向いていると思うと話されていました。ボランティアや寄付するのは難しいかもしれませんが、多くの人が現状を理解し、行政や政治に働きかけていくことが必要だと思います。

 最後にこれだけはわかって欲しいこと。
 生活保護の不正受給についていろいろ言われていますが、不正受給率は金額ベースにして0.5%ほど、そもそも生活保護の捕捉率は20%程度しかありません。多くの人がちゃんと仕事をしながら生活保護以下の収入でなんとか生きているのが現状です。現在決められている最低賃金ではフルタイムで働いても自立して文化的な生活をすることができないのははっきりしています。生活保護費の削減は、支給金額を下げることより、最低賃金を引き上げることのほうが効果的だと思います。
 生活保護費を貰いながらパチンコして暮らしているとの非難がありますが、そのパチンコ代は食費を削って捻出するしかありません。「彼らの食生活のレベルは私より劣悪です。」とのビッグイシュー販売者の方の話が印象的でした。

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2017年10月 3日 (火)

嘘つき政治家の始まり

 衆議院が解散しました。来月には選挙が実施されます。
 暗澹たる思いです。
 選挙の本質は、提示された政策のなかから自分が最善と思うものを選ぶことです。勝ち負けではありません。政策を提示して当選した議員は、支持された政策を実行するのが仕事です。当選することがゴールではありません。当選してやっと本来の仕事が始まるのです。
 今回の選挙は、政策を選ぶのではなく、現政権を否定するか否かが問われているだけ。選挙の本質とは違うもののようで残念に思います。明らかに世の中おかしなことになっています。

 政治家は論理的であるべきです。事実を明示しながら、説得性のある政策を提示すべきです。対立を煽り、どちらにつくかを選択させるのではなく、多くの人々が納得できる策を講じるのが、政治家と行政の仕事です。
 嘘をつかないこと。正直であることが論理的であることの前提です。嘘をつき、都合の悪いことを隠すと、その論理は成立しません。

 現政権は、事実を明らかにせず、詭弁を弄し、嘘をつき、感情的な対立を煽り、論理的な議論をできない状態にしてしまいました。まずは論理的政策論争ができる状況にしないと。

 今回の選挙は、現政権を辞めさせられるかどうかだけが焦点。嘘つきを辞めさせるためにイデオロギーや政策は一旦棚上げしての候補者擁立。これも嘘つき。いや、嘘も方便?
 一票を投じることでしか意思表示できない私たちは、どんな投票行動をすればいいのでしょう。現政権への対立候補が嘘つきでないことを願って投票するしかないか。

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2017年9月28日 (木)

久々の更新

久々の更新です。

私は「争う」ことが嫌いです。「戦う」ことは最もしたくないことです。口喧嘩さえもしたくない、この世の中から一切の争いが亡くなり、戦う必要がなくなることを願う超理想主義の平和主義者です。
 「戦争」は、人間が犯すもっとも愚かな行為です。人が人を殺すことはどんなことがあっても許されることではありません。個人間で行われる殺人には、殺す側が殺される側に対する、許されることではありませんがなんらかの理由がありますが、国家や民族の間で行われる戦争では、個人的には何も殺す理由を持たない人々がお互いに殺し合いをします。しかも、誰も傷つけたくない、殺したくないと思っている人までもが殺されてしまいます。
 人は人ができるだけ幸せに長く生きられるようにすることに、営みのほぼすべてを費やしています。食品を作り、病気に罹らないようにし、治す薬を開発し、事故を減らす対策を講じ、自然災害に対する備えをし、できるだけ人が死なない社会を作ろうとしています。人が死ぬことが前提の戦争を肯定し、人を殺すためだけにしか役に立たない道具である兵器をつくることは、そんな人たちに対する裏切り行為です。

 戦争を必要悪だとして、その存在を認めてしまうと永久になくなることはありません。この世の中に兵器が存在し、戦争が行われている、戦争になる可能性があるという現実は認めますが、どんな形であれ私は戦争に加担したくありません。この世の中のすべての人が、戦争をしないと思えば戦争はなくなります。戦争をなくす方法は、すべての人が争いを解決する方法として武力を用いないと思い、戦争を認めないことしかありません。
 政治とは、すべての人が幸せに寿命を全うするために、それぞれの持つ個性と考え方の違いを調整するためのものです。争いがなければ必要ありません。政治家は世の中に絶対に必要なものではありませんが、残念ながら争いごとの多い現在には必要です。
 人々の対立を煽ることは政治家の仕事ではありません。対立を無くすことが仕事なのです。
 
 まもなく衆議院が解散され、選挙が行われるようです。人々の興味は選挙「戦」の「勝ち負け」になりそうです。選挙が「戦い」とされ「勝ち負け」を決めるために行われることはとても残念なことです。政治家の皆さんには、より多くの人が幸せになれるための政策を提示していただき、私たちに選ばせていただきたいと思います。
 無理そうだな

 久々のブログ更新がこんな話題で残念です。楽しいこと書きたいな。


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2015年5月 5日 (火)

憲法記念日に思う

今日は子どもの日。GWの休みも残りは明日のみ。どこか遊びにでも行きたかったのですが、妻は夜勤明け。家族揃ってだらだらとしています。こんなときは気分がネガティブになってしまい、何もしないのが悪いことをしているみたいに思えてしまいます。で、二日遅れですが、憲法記念日にちなみ、憲法について自分の考えを書いておこうと思います。

自民党は本気で憲法を改正しようとしているようです。本当に憲法を「改正」出来るのであれば諸手を上げて賛成なのですが、自民党の憲法改正案は「改正」とは思えません。多くの人が言っていますが、憲法は「国民が守らなければならないもの」ではなく、「国家権力が守らなければならないもの」です。自民党の改憲案は憲法の理念を根本から変える物であり、「改正」ではなく、私にとっては「改悪」だと思うのです。
憲法は「国民」のためにあるものだから、それを変えるには国民の総意によってしか認められないと思います。国民投票では全有権者数の半数以上が同意しなければ変えるべきではないと思います。実際、自民党の主張には、現状の憲法で国民の不利益になっていることが具体的には全く提示されていません。すべてが感情論か、仮定でしかありません。全く改憲の必要性を感じません。

憲法9条は世界に誇るべき条文だと私は思います。自民党などの改憲論者はここを変えたいと思っている人が多いようです。この9条を真正面から変えることが難しいと考えた現在の与党は閣議決定で憲法の解釈を変えてしまいました。「集団的自衛権」を認めるという解釈の変更の根拠は、「国際情勢の変化」だと彼らは主張しています。しかし、私には「国際情勢の変化」の中に「集団的自衛権」を認める根拠が見つけられません。「集団的自衛権」を認めるということは、海外での武力行使を何らかの要件のもとに認めることだと思うのですが、現在の国際情勢の中で、日本が武力行使を必要とするような具体的状況が考えられないのです。
良い意味でも悪い意味でも、世界はグローバル化しています。国や地域、団体などを構成する人々全員が、ある特定の対立する集団全員に対して殺したいと思うことはありえません。国家的、宗教的に対立しているような状況にあったとしても、個人的にはお互いが認め合えたり、お互いが利益を得ることができる関係がどこかに必ず存在する世の中です。つまり、人が人を殺すことを正しいとする大義が100%認められることはありません。
イデオロギーの対立やいかなる理由や状況であれ、日本が外国で武力を行使するということは「戦争」をするということに他なりません。今までの世界の歴史の中で「戦争」をして良かったことは一度もなかったと思います。戦争をして悪かったことは山ほどあるじゃないですか。
武力による根本的な紛争の解決は絶対に不可能です。殺した、殺されたという悔恨が残らないことはありえないからです。何の罪のない人が何の罪のない人をも殺してしまうのが「戦争」です。戦争をする口実はいくらでも見つけられますが、戦争により殺された人の恨みを解消する方法はありません。恨みの連鎖を断ち切るには、どこかで殺し合いを止め、二度としないしかありません。それまでの恨みをチャラにして、以後何があっても殺し合いをしないと誓い実行するには、勇気と知恵が必要です。日本は戦後70年、戦争をしないことを実行してきました。
その日本が方針を変えて、私には意味が解りませんが「積極的平和主義」とか言って、自国以外で武力を行使できるようにするのであれば、その武力行使により完全な平和を実現する具体的な方法を提示して証明して欲しいと思います。現在の憲法9条を変えて、日本が軍隊を保持し、国外で武力を行使できる国にするべきだと主張している皆さんには、それが日本と世界を平和に導く正しい手段であるとの説得力はありません。

私の理想とする「平和」な世の中とは、誰もが死ぬまで他人の意思により殺されないことです。個人的な憎悪により殺人は無くせないかもしれません。しかし、個人的には何も関係のない国家や集団による殺し合いは、権力者の意思と努力で無くせる可能性があると思います。残念ながら日本の現政権にはその意思と知恵を持った人は見当たらないようです。政治における外交は、自国の利益を追求することです。人命には金額が付けられないと私は思います。となれば、国民が一人でも殺される可能性のある外交政策は最も国益を損なう最低のものだと思うのです。しかも、権力者は自分が死んでも国民を守るとは言わず、国民には国の為に死ねというのです。「国」の尊厳というのは、そこに暮らす国民が幸せに生きていてこそのものです。死んでしまっては尊厳もへったくれも糞もありません。

国を代表する政治家には、誰も殺させないし、殺さない勇気を持って欲しいと思います。先の大戦では、敵国に殺された人よりも、自国の為政者の無能、無策により死んでしまった人の方が多いと言えるかもしれません。そんな経験を持つ国に生まれ、生きていく私たちは、とにかく人を殺さない勇気を持ちながら、殺されない知恵を絞るべきです。本当に平和な世界を作るのはとても困難なことだと思います。私たちが出来ることは人を殺さないことを一義とする人に政治を担ってもらうことではないでしょうか。そのことが真の「国益」に適うことだと思うのです。他国から戦争を仕掛けられるかもしれない、と国民を脅す前に、政治家がやるべきことは沢山あると思います。武力を行使できるようにするよりも、行使しないで済む方法を考え実行することに命を懸けて欲しいと思います。

 

政治家に日本人の命を守らせるためにも、憲法9条は守って行くべきだと私は思います。

 

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2015年2月26日 (木)

公共政策ラボ連続セミナー②

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公共政策ラボ連続セミナー2015
第2回『大阪再編さあ大変』
日時:2015225日(水) 18:30~
会場:大阪市住まい情報センター5階研修室
講師:吉富有治
前大阪市長平松邦夫さんが代表を務める「公共政策ラボ」のセミナーに参加しました。
公共政策ラボは過去に数百人規模のシンポジウムを数回開催していて、その内容は『脱グローバル論 日本の未来のつくりかた』として出版されています。今年は小規模のセミナーが毎月連続で開催されています。今回は2回目のセミナーでした。

講師はフリージャーナリストの吉富有治さん。地方自治や地方政治を中心に取材されていて、『大阪破産』(光文社)『橋下徹 改革者か破壊者か ―大阪都構想のゆくえ』(中央新書ラクレ)などの著書があります。橋下大阪市長には「インチキジャーナリスト」と言われています。

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月に実施されることが確実な大阪市の住民投票についてのお話でした。
巷では「大阪都構想」の賛否を問う住民投票だといわれていますが、実際は「「特別区設置協定書」の賛否を問うものです。この協定書には「大阪都構想」の理念や住民にとってのメリットは書かれていません。つまり、「都構想」の是非を問う住民投票ではなく、単に大阪市を新たな区割りにし、どう大阪府と事務処理をしていくかという「協定書」の賛否を問うだけの住民投票です。私たちやマスコミは、この住民投票を「大阪都構想」の住民投票だと呼ぶべきではないのです。
「大阪都構想」は元々大阪市と周辺都市を含めた大阪府全体を再編しより良い行政組織を構築することでした。堺市が離脱したことからこの構想は現在ほとんど頓挫してしまっています。
構想の大きな目的は①経済成長戦略、②二重行政の解消、③住民に優しい基礎自治体、の三つです。吉富さんは、当初「大阪都構想」には賛同していたそうですが、状況と内容が変化し、住民投票の対象となる協定書の内容ではこの目的は達成できない、と現在では反対の立場となっています。その理由についてお話されました。その内容は吉富さんのウェブサイトにブログがアップされています。また、このセミナーはツイキャスで中継されていました。その様子は近々公共政策ラボのサイトに動画でアップされると思います。

吉富さんのお話は概ね理解できたと思います。私も大阪市民だったら住民投票は反対票を投じると思います。その最大の理由は費用対効果です。大阪市の区を再編するには膨大な費用が必要となります。その金額は2013年に法的協議会が示したもので最大640億円共産党は2000億円と試算しています。一方、再編による効果は2013年当時最大960億円と見積もられましたが、現在ではそのほとんどが再編とは関係ない金額ということがわかり、実際には1億円あるかないかということになっているようです。維新の会のHPでは再編効果3386億円とか書かれていますが…。また、維新の会が示している都構想の経済成長戦略の具体例は大阪市の区再編とは全く関係のない内容に思えます。大阪市の区再編はコストが高く、効果が見えない。リスクが大きすぎます。大阪を良くするには、もっとリスクの低い施策が必要だと思います。

私も吉富さんと同じく、当初の大阪都構想には心動かされる部分がありました。しかし、橋下さん、松井さん、維新の会が進めようとしている現在の内容では賛成できません。

「都構想」実際は「大阪市の特別区設置」の住民の理解については、吉富さん、平松さんも仰っていますが、反対する人にとって不利な状況です。根拠がはっきりしないものでも提案されてしまうと、反対するにはしっかりした根拠を示し、それを広く告知する必要がありますが、一度認知されたものをひっくり返すには、提案側の告知の何倍ものパワーが必要になります。しかも、内容を理解しないまま、イメージだけで賛成している、または無関心である人が多い状況では反対派にとって絶望的であるともいえます。
とにかく拙速に今回の案を通すのではなく、一度反対してもっとじっくりやってもいいのではないかと思うのです。

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2015年2月 1日 (日)

イスラム国による後藤さん殺害

ジャーナリストの後藤さんがイスラム国に殺されたようです。
とても悲しく、腹が立ちます。

今回、後藤さんと湯川さんがイスラム国により拉致されてから現在までの政府の対応は間違っているし、とても情けないものだったと思います。
一部の人は言っていて、多くの人が思っていると思うのですが、安倍首相がこの時期に中東を訪問し、イスラエルで行った演説が致命的だったと思います。あの演説と支援の表明が直接身代金その他の要求から殺害に向かわせたのではなかったにしても、イスラム国側に、彼らなりの殺害する理由を与えてしまったのは確実です。

政府は随分前に湯川さんが拉致されたことを知っていました。政府は何もできないままに、後藤さんが拉致され、現在の情報では何の対応もできないまま、中東を訪問しあの演説。イスラム国の大義は、自分たちが正義であって、認めない者は全て敵とみなしているようです。イスラム国は喧嘩をすることによって何らかの目的、彼らの言う大義を実現しようとしています。イスラエルの国旗の前での支援の表明とイスラム国に対する非難は、確実に喧嘩を買ってしまったのだと思います。人質とられているのに。

あの演説の後、イスラム国からの要求に対し、支援は人道的なものであると安倍さんは繰り返し述べていますが、とても情けない言い訳にしか聞こえませんでした。
後藤さんは、紛争により一般の人々が、特に子供達が酷い目にあっている現実をジャーナリストとして世界に伝えることにより少しでも良い方向に向かわせようとしていました。イスラム国の組織そのものを批難するのではなく、引き起こされた事実を伝えることにより、それがどれだけ非人道的であるかを訴えていたようです。そんな、後藤さんを殺してしまったイスラム国の行為は今朝の安倍さんの声明にあるとおり、非道卑劣極まりない行為で許し難い暴挙です。批難されるべきものです。
この、安倍首相の声明には後藤さんがやってきたジャーナリストとしての人道的行為に対する言及がありませんでした。イスラム国に対して攻撃しようとしてのではなく、人道的な解決を望んで行動していた後藤さんを殺してしまったことに対する非難がなかったのは残念です。後藤さんに罪はないので、自分が(安倍首相)が代わりに人質になるから解放しろ、位のことは言って欲しかったです。そうすれば、彼は永遠に歴史に残る偉大な日本の総理大臣になっていたと思います。他の国と比べるのは嫌なんだけど、オバマ大統領はちゃんと後藤さんの功績について言及していたようです。

私は人が人を殺すことは人類にとって最大の罪だと思っています。人を殺すことが許される教義があるものは宗教として認めません。イスラム国のやっている行為は宗教的なものではなく、大規模な単なる犯罪集団だと思います。しかし、宗教上の大義を建前として自らの正当性を主張しています。宗教の対立を解決することはとても難しいと思いますが、私は前々から、日本は宗教間の紛争を調整できる資質を持った数少ない国の一つだと思っています。節操がないと言う人もいますが、日本人は多神教である神道と仏教を中心に信仰しています。無節操ではなく、あらゆる神を大切にしているのだと私は思います。唯一神を信仰する人々とは中立な立場で話ができるのです。

しかも、日本には憲法9条があります。紛争の解決のために武力を使うことは許されていません。なので、本来ならイスラム国にとって日本が脅威になることはなく、テロのターゲットにする理由はないのです。ところが、昨年、安倍政権は集団的自衛権の憲法解釈を変えることで、一部の人たちに対して宣戦布告に等しい宣言をしてしまったのです。

私が思う「国」が存在する最大の目的は、国民が平和に暮らすことだと思います。他国からの脅威を感じないで、戦争の心配のないことが最大の「国益」だと思うのです。
国民が一人も殺されない、理不尽な死を迎えないことこそ、日本人全体として、そして国を動かす人の最大の使命だと思います。そして戦争はこの世の中のすべての人が、「戦争をしない」と思わなければ無くなることはありません。憲法9条で紛争の解決に武力を用いることを放棄したのは先進的で、もっとも勇気ある国であることの証明です。

今回のイスラム国による湯川さん、後藤さん殺害についての一連の経緯の中で、安倍政権がとった行動は、日本の国益を著しく損ねるものになったと思います。イスラム国だけでなく世界中のテロリストと呼ばれる犯罪者集団にとって、今回の日本政府の対応は、日本人を誘拐したり殺したり、強請ったりする大きな理由を与えてしまいました。
湯川さんと後藤さんの命は、金に換算できない大きな損失です。そして、今後のテロ対策。対策に必要なお金だけでなく、日本人の行動が色々な場面で制限され、テロの脅威に脅えながら暮らすことはもっと大きな損失です。

政治家、官僚は「国益」を守るためのプロフェッショナルであるべきです。日本人の生命を守るためにはあらゆる手を尽くすべきです。卑怯と言われようが何があろうが、人を殺すこと以外は何でもありだと思います。総理大臣や政治家の個人的な信条を持ち込んで国民の生命を脅かす事態にするなんて勘弁してほしいです。
イスラエルの首相が来日したのが昨年5月。集団的自衛権の行使を認める閣議決定が71日です。湯川さんは8月、後藤さんは10月末に拉致されたようです。二人の日本人が拉致されたことを公表せず、訳の解らない解散総選挙が12月。安倍さんのいう積極的平和主義は、日本人が危険な状況にあっても手を尽くさず、相手を挑発し益々危険な状況にしてしまうということが明らかになりました。

イスラム国への非難は当然です。しかし、中東やその他の紛争地でも、お互いの攻撃で罪もない人が数多く被害に会っています。人間が人間を殺したことすべてについて同様に非難されるべきです。
日本は人を殺すための金銭的、人的支援は一切しないと宣言すべきです。それが世界に示す日本の「勇気」で「英雄的行為」だと思います。そしてそれが、湯川さんの命、後藤さんの遺志に応えることだと思うのです。

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2015年1月30日 (金)

公共政策ラボ連続セミナー①

公共政策ラボ連続セミナー2015
1回『時代を学び次代を創る 私たちはこう考える、次代の生き方』
日時:2015128日(水) 18:30~
会場:大阪市住まい情報センター5階研修室
講師:釈徹宗

前大阪市長平松邦夫さんが代表を務める「
公共政策ラボ」のセミナーに参加しました。
公共政策ラボは過去に数百人規模のシンポジウムを数回開催していて、その内容は『脱グローバル論 日本の未来のつくりかた』として出版されています。今年は小規模のセミナーを毎月連続で開催するそうです。その第1回が今回のセミナーでした。

講師は浄土真宗如来寺の住職で、相愛大学の教授でもある釈徹宗さん。また、NPO法人リライフ代表として、如来寺の隣で認知症高齢者のためのグループホーム『むつみ庵』を運営されています。この『むつみ庵』のことがお話の中心でした。

昨夏広島大水害のあった八木地区の昔の地名は「八木蛇落地悪谷」。先人たちは、この地名により、この場所が危険な場所だと伝えていました。しかし、宅地開発し売り出すのにイメージが悪いということで地名を変え、危険な場所だという伝えを無視してしまった。同じような例は日本各地にあって、東北大震災の際にも明らかになった。
先人の難しいパス(地名や言い伝え等)を理解し、次代に向けて優しいパスを出すのがこれからの人としての態度であるべき。コミュニティを再構築して、「お世話され上手な人」になるべき、とのことです。

『むつみ庵』は古民家を利用した認知症患者のグループホームです。福祉施設は行政の補助を受けるために様々な基準をクリアしなければなりません。基準はそこを利用する人を「安全」に「管理」する為に合理性が求められ、そのために均質化されてしまいます。既存の日本家屋はユニバーサルデザインとは対極にあり、基準をクリアするには多くの苦労があったそうです。基準をクリアするのに障害と思われたところも、実際は利点となったことも多いそうです。今では非合理的と思われがちな古い日本家屋には先人からパスされた、生きていくための合理性があるのでしょう。それ故にこのむつみ庵が海外からも注目される施設なのかもしれません。そして、それはこの施設が長いコミュニケーションにより培われた関係性を持つ地域の人たちが運営していることが大きく影響しているようです。

「他人に迷惑をかけない」ことは美徳とされています。釈さんによると、それは傲慢でもあるそうです。人間は一人では生きていけません。それを認めないのは傲慢、とうことでしょうか。最近は自分一人でできる、誰でも同じことが出来るのが合理的であり、目指すものであると多くの人が思い込んでいるようです。自分に足りないものは他人にお世話してもらう。他人に足りないものを自分が補う。これが、本来人間の持つ合理性なのかもしれません。そして、釈さんが仰る「お世話され上手」ということでしょうか。
「お世話上手」はそこそこいるそうですが、「お世話され上手」の人は少ないそうです。そういえばいますよね、とてもいい加減でだらしないのに、ほっておけなくて皆が思わず何かと世話してしまう人が。

このセミナーでは最初はまじめにメモをとりながら話を聞いていました。しかし、釈さんの話が面白くてすぐにメモをとらなくなりました。だからこの文章は、釈さんのお話されたことと、それを聞いて私が思ったことが混在しています。話の内容の根本は私たちにとって深刻なものです。それを飽きさせず、わかり易く、楽しく聞かせてくれるのは、釈さんの話術と人柄でしょう。有意義で楽しい時間を過ごすことができました。

セミナーの様子は近日中に公共政策ラボのサイトに動画がアップされるようです。

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2014年12月15日 (月)

悲しい衆議院選挙の結果

昨日投票の衆議院選挙の結果。予想通りの「与党圧勝」と多くのメディアが報道しているけど、実は与党は自公合わせて1議席増えただけ。自民党は3議席減。民主党はボロボロとはいえ11議席増やしています。共産党は8議席から21議席と大幅に伸ばし、苦戦を予想された維新は1議席減らしただけ。大敗したのは次世代と生活。何より戦後最低の投票率が問題。有権者の半数ほどしか投票していない。いったい何のための解散・選挙だったのでしょう?その意義は私たち有権者にとっては何も見いだせず、安倍自公政権の延命、彼らの政治に対する免罪符を与えてしまったようです。

安倍政権は消費税を上げないことに対する国民の審判を受けるための選挙だということで衆議院を解散しました。消費税率を8%から10%へ引き上げることを単に延期することの是非を問う解散・選挙でした。自公が圧勝、とはいえ単に解散前の議席数をキープしただけで、景気がどうなろうと消費税率を引き上げることを認めてしまったのです。安倍ノミクスとかいう経済政策らしきものが上手くいかなくて、景気が良くならなくても消費税率が上がることを容認してしまったのです。これを多くの国民が認めたことは私には残念だし、信じられません。絶対安定多数を持つ与党は選挙しなくても消費税率アップを延期することは出来た。その場合の理由は景気回復が遅れているからしかない。となると景気が良くならなければ消費税率は上げられない。上げるためには正しい経済政策を実行しなければいけない。現状からみるとちょっと難しそうです。だって、今年の春に3%税率がアップしたのを含めて、そこから5%所得を上げないと国民の負担が増えるだけ。国民の負担が増えると消費が増えないからますます景気が悪くなる。ホントにこれでいいのでしょうか。

私は安倍政権がやっている経済政策が正しいとは思わないけど、多くの国民が理解納得しているのなら仕方ない。でも、選挙の争点として経済政策が最重要というのはおかしいと思います。経済政策はイデオロギー的なものに関係なく、どんな政権でも実施できる。だから、政権を選ぶ基準は国民をどれだけ幸せにしてくれるかを基準にするべきです。憲法、戦争、原発、主権の在り方など、イデオロギー的なものについて各自の考えを説得し変えることはとても難しい。既存政党は各党の党是があるからこれを変えることは実質的に不可能です。国民に信を問うべきものは経済問題よりも、憲法解釈や原発の是非が優先されるべきです。今回の選挙では自民党は憲法や原発について選挙公約ではほとんど触れていません。なのに、安倍さんは憲法を変えると言っています。つまり、私たちは正しいかどうかも分からない経済政策と無条件での消費税率引き上げとともに、原発を継続し憲法を変えることまで容認してしまったのです。

私が思う人間として一番大切なことは、他人を欺かないこと、つまり、嘘をつかないことです。だから、政治家を選ぶための一番の基本は「嘘をつかない人」です。
安部さんは大嘘つきだと思います。違憲状態にある国会議員の定数の是正は、絶対的に安定多数を持ち、何でもできる状況にあるにもかかわらず、全く手が付けられませんでした。今後も手を付ける気配もありません。全世界に向けて福島原発は完全にコントロールされていると言いました。これだけはっきりした嘘をつかれては、彼の発言全てを信じることはできません。私たちは政治家の発言によりその資質を判断するしかありません。嘘をつかれるとどうしようもないのです。選ばないという選択しかありません。その嘘つきに今後4年間の白紙委任状を渡してしまった。私だけでなく、多くの人が渡したつもりはないと思っているでしょうが、彼は今後行う政策すべてが今回の選挙によって認められたと言うに違いありません。

とにかく、今回の選挙結果により日本が戦争に加担したり、巻き込まれたりしないことを祈ります。大袈裟なこと言うと笑う人がいると思いますが、何事もなく平和な日本で笑って過ごしたいと思います。

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2014年7月 2日 (水)

悲しくて、悔しくて。集団的自衛権容認閣議決定

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 政府与党が従来の憲法解釈を変更し、集団的自衛権を容認する閣議決定をしました。安倍総理の記者会見は、今何故集団的自衛権を容認しなければいけないのかについて語られることはなく、今までと何も変わらないと言い放ち、記者の質問にはまともに答えないという酷いものでした。容認派は、激変している世界的情勢から考えて必要な判断なのだと言いますが、私には日本が集団的自衛権を容認しなければ日本が守れないような状況だとは全く思えないのです。私が思えないということでなく、実際そんな危機的状況にはないとはっきり言えると思います。危機的状況があるとしたら、政治家の間違った発言や行動から起こることではないでしょうか。まさにこの安倍内閣により日本は危機的状況に陥ってしまったのかもしれません。安倍総理は、今回の判断により、日本は他国からの攻撃に対する抑止力を持つことになったと言い放ちました。私は今回の閣議決定により、日本は大きな抑止力を失ったと考えます。

 人間の進化、成長、そしてそれが最終的に目指すところは何でしょう。私は人間同士が殺しあわないことだと思います。人類は自らの命を永らえるために大きな努力を続けています。医者は出来るだけ患者を生かそうとし、多くの人は交通事故を減らそうとしてきました。その成果は確実に出ています。出来るだけ人を死なせない努力をしています。人が無駄に死なず、穏やかに天寿を全うするのが全人類の究極の目標ではないでしょうか。そしてそれが叶う時こそ真の「平和」であると考えます。戦争は、人を生かそうとする人の努力を一切無駄にするものです。
 人間同士が殺し合いをしないためには、何があっても「殺さない」と思うことが必要です。お互いにそう思えれば戦争は起こりません。何かあれば殺し合いをすることを厭わないと双方が思っている限り、戦争の可能性があります。まずは「殺し合いをしない」と宣言し実行することが必要です。自らがそれを宣言しないと、相手に問題解決の為に武力を使うことをやめましょうと言っても信じて貰えないですよね。戦後70年近く、日本は憲法9条で武力行使を否定し実行してきました。このことが諸外国に対する大きな信用になっていたことは間違いないと思います。
 武器を持ちながら喧嘩するのと、武器を持たないで、暴力を一切使わないと宣言して話し合いすることのどちらが勇気ある行動でしょうか。私は確実に後者だと思います。今、非戦を宣言している国を攻撃し、その国民を殺すことを、世界中の人々が正しいことだと思い、理解、支持するでしょうか。攻撃された国、殺された人を馬鹿だと笑うでしょうか。世界中の多くの人々が非戦を宣言した国の勇気を称賛し、理解、支持し、その国民を助ける行動を起こすと信じます。非戦を宣言しない限り、他国からの攻撃に対するその口実を与えることになります。大量破壊兵器で簡単に街を破壊し、多くの人を瞬時に殺すことができる現在では、非戦を宣言することが最大の抑止です。全世界に対してこの考え方を広め、説得し兵器による武装を解除していくことこそが、「積極的平和主義」の日本語として真の、正しい使い方だとおもいます。憲法9条を掲げる日本の為政者は、武力に頼らない紛争解決に努力することが最低限の国民に対する義務だと思います。現在の政府与党にはこの努力が全く見えません。他国で他国に対する武力行使を可能にすることは「国益」に反することです。
 今回の集団的自衛権行使容認の閣議決定には賛成できません。


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2014年5月19日 (月)

住宅政策提案書発表シンポジウム「市民が考える住宅政策」大阪編

住宅政策提案書発表シンポジウム「市民が考える住宅政策」大阪編に参加しました。

 人間が生きていくために必要なのは「衣・食・住」です。現在の日本では総量としてはどれも充分に足りています。なのに、ホームレスがいて、餓死する人がいる。釈然としない思いを持ち続けています。空き家があるのに住むところに困っている人がいるのは、需要と供給のバランスを図っていくという経済の基本に外れています。なんとかならないのでしょうか。
 「ビッグイシュ」という雑誌があります。路上でホームレスの方が売っている雑誌です。胡散臭いと思う人も多いようですが、とてもクオリティの高い雑誌です。売り上げの一部はホームレスの方の収入になります。月二回発行ですが、毎回楽しみにしています。この雑誌から多くのことを知ることができました。
 ビッグイシューを発行している有限会社ビッグイシュー日本を母体にした非営利団体『ビッグイシュー基金』が市民目線でまとめた「住宅政策提案書」をもとに率直に話し合おうというのが今回のシンポジウムでした。
 とても良い雰囲気のシンポジウムでした。テーマは重たいし、深刻で難しいと思うのですが、真剣で真摯だけどどこか和気藹々としていて、誰と知り合ったとか、友人になったとかいうのはないのですが、参加者皆さんとの繋がりを感じることができました。登壇者の方も仰っていましたが、お菓子と飲み物が用意されているシンポジウムは初めてです。運営全般にビッグイシューのスタッフの皆さんの気配りを感じました。
 阪井ひとみさん(おかやま入居支援センター/阪井土地開発株式会社代表)のお話「民間借家活用の可能性」には感動しました。彼女は岡山で入居困難者のために物件を扱い、ネットワークを構築した方です。素晴らしい方だと思います。しかし、良く考えてみると、彼女の言っている、ザックリ過ぎるまとめ方だけど「一人ひとりができることをやり、出来ないことはできる人が補う。お互いの妥協点を諦めずに見つけていく。悩みは皆で共有する。」などということは、人間としても、社会人としても、経済活動としても当たり前のかもしれません。当たり前だけど、なかなかできないところがおかしな世の中ですね。
 住宅についてごく単純に考えると、人口が減っていくことが明白な日本では、空き物件が増えるのは当たり前だし、新築物件が増えると益々古い物件はダブつきます。総量に対してその分配をどうするのかという視点を持って、持つ者と持たない者の間で、それぞれの当事者の妥協点を調整しないといけないのに、行政がそれをやるのはなかなか難しいようです。しかも、そのネックになるのが、税制とか、行政上の規制だったりするのでややこしい。生活保護受給者相手の貧困ビジネスが問題になっているけど、ビジネスモデル自体は、善悪紙一重です。岡山の阪井さんの例をからも、当事者たちの得る物のバランスをちょっと調整すれば、そのまま良いビジネスとして成り立ちます。
 たくさんのことを考えさせられたシンポジウムだったので、出来れば続編書きたいと思います。無理かな…。できれば多くの方に「住宅政策提案書」読んで欲しいです。

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