2020年1月10日 (金)

20200110_ちょっと散歩のつもりがしっかり登山

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午前中に2ヶ月毎の検診。病院をでて少し自転車で走ろうと思い、一度行きたかった牛頸ダムへ。ダム横にある公園の下まではすぐでした。自転車を留めて公園に上がります。
なんか物足りなくて、牛頸山に登ろうと思い登山道方面へ。スマホに入れた登山アプリにこの辺の地図はダウンロードしていたので表示させてスタートです。
歩いていると欲が出るもので、黒金山から牛頸山の縦走を決断しました。
たまに急登があるものの縦走路は歩きやすく、快晴の中気持ちの良いハイキングでした。
牛頸山山頂からの絶景は素晴らしかったです。福岡の街全体、その後ろは志賀島、能古島、糸島半島まで見渡せました。
残念だったのは、牛頸山の向こうにある自衛隊射撃訓練場からの銃声。
自衛隊は積極的賛成ではないけれど、必要だと思ってます。でも、射撃訓練って、どんな想定で実施されているんでしょうね。現在の日本で、局地的地上戦ってのが想像できないのです。70数年前の戦争でも本土では地上戦展開する間もなく負けていたし。テロ対策だったら、山の中で鉄砲撃ちまくるってのは違うような気がするし。訓練を全否定はしないけれど、一発いくらなんだろうかと考えてしまいます。それを福祉とかに回せれば、とかね。
戦争に備えることよりも、戦争をしないための努力が必要だと思います。
でも、現政権はどうもその努力をしないで、戦争になるかもと煽ってバンバン軍事費を膨張させているようです。違う?

思いつきで登ったけど、440メートルほどの山二つ縦走です。私的には本格的登山になってしまいました。歩いた距離は10km以上、500メートル以上の登りました。
水はダム横の公園で買ったけど、昼飯食いそびれたし。スマホは下山時にバッテリー切れ。おかげで遠回りしてしまったし。
とはいえ、お手軽で気持ちよいコースでした。
次回は、ちゃんと準備して登ります。

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2020年1月 3日 (金)

あけましておめでとうございます

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あけましておめでとうございます。

大阪で新年を迎え、近所の神社に初詣。
妻の体調もなんとか回復しました。本人曰く、太り気味だったので三日間の絶食はちょうどよかったとのこと。
妻の実家でおせちをいただき、私だけ福岡の実家へ。
今日は高校の初打ちOB会に参加しました。
午前中は出身大学の駅伝の経過が気になってチェックしながらのテニス。昼過ぎには勝利を確信し、テニスをし終えたら優勝していました。
今年はあまり期待していませんでした。往路の優勝にびっくりし、総合優勝は、嬉しいよりもあっけにとられたという感じです。

母校テニス部は今年100周年ということになりました。創部に関する学校側の記録がなくはっきりしないのですが、100年前の新聞に掲載されている大会の記録や地元テニス協会の古い記録などにより、100年前に部として活動していたのは確かのようです。
私にとってかけがえのない3年間でした。今後も末長く部の活動がつづくよう、できる限りのことはさせてもらおうと思います。
初打ち会は盛況で、大学生や社会人になったばかりの若いOBが数多く参加しているのが嬉しかったです。

今年は、自分自身が楽しくテニスをすることが目標。残念ながら、テニスをするのは楽しいのですが、試合になると楽しめないのです。楽しんでプレイすれば勝ちに近づくのではないかと思っています。
日本テニス協会広報委員会、福岡国際女子テニス大会、そして母校OB会。邪魔にならないようお手伝いさせていただこうと思います。

本年もよろしくお願い申し上げます。









 

今年一番の願い。
私利私欲にまみれた政治家が一掃されること。イデオロギーの違いは容認できる。欲にまみれ、偽善に満ち、嘘をつき、常識を捻じ曲げ、一部の人間にのみ富と権力を集中させる政治手法は許すことができない。
嘘つきの現政権には退陣していただき、みっともない官僚たちには心を入れ替えて欲しい。
ささやかな年初の願いであります。

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2019年12月29日 (日)

高校生学年別テニス大会

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高校生の試合を見てきました。

『第68回冬季九州・山口 高校生学年別・小中学生テニス大会』

我が母校の後輩。高校2年生の部男子シングルス準優勝、ベスト4、ベスト8。その他の後輩達も実力を出し切っていました。楽しく観戦させてもらいました。
この大会、高体連やジュニアの試合に出られないとか、なかなか勝てないとかいう選手達に試合を経験してもらうための大会だそうです。強豪校の選手は参加していないようでした。
この大会が始まったのは、私が高校を卒業した後。30年ほど前。我が母校のテニス部顧問のM先生が始められたそうです。
そのM先生、私が高校生の時に講師として赴任され、卒業後にテニス部の顧問となりました。
私の在学中の顧問のF先生は、前にも少し書きましたが、練習は一度も見に来たことがなく、試合もインターハイに付いてきただけという、今では考えられない名前だけの顧問でした。それでも私の大好きだった先生の中の一人です。
次のM先生は高体連のことまでやっていただけるという熱心な方。教職を退任された現在も今大会のトーナメントディレクターを務めておられます。今回会場で久しぶりにお会いできました。
M先生に高校テニスの歴史に興味があるとお話ししたところ、在任中の母校の記録をいただきました。また、現在の高体連テニス部担当の先生をご紹介いただき県の高体連の記録を見せていただけるよう手配していただきました。

そこで判明した残念なこと。
県の高体連テニスの過去の記録で見ることができるのは、昭和57年以降ということ。私が高校を卒業して5年後。M先生が顧問に就任された時期です。電話で聞いていただいた限りでは、それ以前の記録は整理されていないということです。つまり、私の高校時代の輝かしい?戦績は確認できないと。これは残念です。
昭和57年という時期を考えてみると、母校のある県の強豪が全国大会の長年にわたる連覇が途絶えた頃です。この時期までは、その強豪校が県大会の全てを仕切っていたのだと思います。県大会団体戦では敵なしでした。個人戦も上位を独占していました。このことが記録が整理されていないことと関係があるとすればとても残念です。
記録により過去を振り返るのはとても楽しいです。思わね発見もあります。

以前、ブログで東京の古川先生について少し触れたことがあります。全ての記録をしっかり管理されていました。また、関西のS先生は長年にわたり高体連での仕事をされて、退任された現在でもジュニアの試合運営に携わっておられます。
東京の古川先生は、ご自身もプレーヤーとして活躍された方ですが、関西のS先生、そして我が母校のM先生は、ご自身プレーヤーとしての活動はほとんどないと聞いています。そんな先生方が地域のテニスのお世話をしていただいたことに頭が下がる思いです。全国にそんな方がいらっしゃってテニスを支えていただいていることに感謝します。

我が母校テニス部は長年の歴史があり、素晴らしい活躍をされた方が数多くいます。その伝統を絶やさぬよう頑張れとか誇りを持てとか現役選手に強制するつもりはありません。でも、3年間を母校テニス部でプレーしたことは間違いなくその後の人生の糧となると思います。テニス関係だけでなく一般社会でも、高校時代テニスをしていたことで信用されます。私なんて、それだけで生きてこられたようなものだと思っています。
支えていただいた皆さんのご苦労を理解し、感謝すること。そして今後もテニスを続けていくことが少しでも恩返しとなるのではないかと考えています。

記録を残すっていうのは大切なんです。
それを簡単に破棄するなんていう現政権は…。
なんか、言いたいことが多すぎて支離滅裂になるのでこの辺で。

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2019年1月 1日 (火)

2019年、明けましておめでとうございます。

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2019
年、明けましておめでとうございます。
いよいよ還暦を迎えます。
本来なら、今年定年の予定でしたが、予想外の展開で早めに仕事をやめてしまい、あっという間に5年経ってしまいました。
自分に何ができるのか、するべきなのか、いろいろ考えました。
結果、「テニス」と「本」に私なりのアプローチをしていくことにしました。
つまり、これまでとあまり変わることなくボチボチ生きていくことになります。

昨年は、日本テニス協会広報委員として、デビスカップ、フェドカップだけでなく、全日本ジュニア、全日本選手権もお手伝いさせていただきました。トーナメント全日程に係るのは、学生テニス連盟の役員だった学生時代以来ほぼ40年ぶりのことでした。
日本のテニス界の現状に少しだけですが触れることができました。
懐かしい先輩、同期、後輩との再会もありました。
そして、テニスが私の人生に大きな影響を及ぼしていることをあらためて感じました。

ジュニアの頃に指導していただいた方々のほとんどが、ボランティアだったと思います。素晴らしい方ばかりで、今思えばとても贅沢なことでした。
高校時代はチームメイト、パートナーと当時大学生だった先輩のコーチに恵まれ、世間知らずの生意気で迷惑ばかりかけていた私もインターハイに出場できました。
私のテニス人生最大の華です。
そのおかげで大学に進学できて、そこでも素敵な仲間や先輩に出会いました。

今、私がテニスを続けていることが、今まで出会った皆様へのせめてもの恩返しだと思っています。そして、これからも私なりにテニスの素晴らしさを出来るだけ沢山の人に伝えていきたいと思います。

本年も、そしてその先も、どうかよろしくお願い申し上げます。

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2018年5月24日 (木)

日大アメフト部関連の記者会見を見て思うこと

日大アメフト部関連の記者会見。選手の記者会見を見て思ったことを書こうと思っていたら、いきなり監督、コーチが記者会見した。巷にあふれる論評のほぼすべてが、選手の記者会見は素晴らしく、監督、コーチのものは最低レベルであるというもの。

私も世の論評に同意。監督、コーチの会見では、発言の度に彼らが指導者として能力に欠けていると思わせるばかり。しかも、司会者の仕切りは、アメフト部だけでなく日大広報も無能であると証明してしまいました。日大には危機管理学部があるようですが、受験生にはおすすめできませんね。

思うのは、私は幸せであったということ。

50年近くテニスをしています。高校、大学では体育会に所属していました。
小学生で初めてコートに立って以来、出会い、指導していただいた方はすべて素晴らしい方ばかりでした。
選手として素晴らしい実績を持ちながら、ボランティアで。世間を知らず、生意気で、体力もなく、技術も未熟な私を見放さず相手をしてくださいました。怒られたり、感情的に何かを言われたという記憶はありません。

何よりも、私に50年間もテニスを続けさせてくれたことに感謝しています。

テニスを通じて知り合い、受け入れてくれた皆さんのおかげで、私はこれまで生きてこられました。いや、ホントに。大袈裟でなく本気でそう思っています。

今回のアメフト問題。日大指導者の最大の罪は、選手がアメフトを続けられなくなってしまったことだと思います。

ジュニアや学生スポーツの指導における最大の目標は、その競技を好きになり、一生続けられる環境を作ることだと思います。どんなスポーツでも、上手くなった方が楽しいし、勝てば嬉しい。負ければ悔しい。でも、勝者が存在するには敗者が必要です。どんな競技でも、お互いのリスペクトがなければ成り立ちません。だって、最終的な勝者はただ一人。他はすべて敗者。勝たなければ意味がないことになれば、ほとんどの人が競技をする意味がなくなってしまうじゃないですか。勝利至上主義はありえないのです。

テニスのチャンピオンスピーチは、対戦相手を称えることから始まります。そして関わった方々へ感謝します。日大指導者の一連の発言には、敬意や感謝が全く感じられません。彼らが指導するチームが学生アメフトの頂点にいるということが残念でなりません。アメフト競技全体が大きなダメージをうけた事件だと思いますが、関学他、真剣に真面目に取り組んでいるチームの皆さんには、頑張って良いプレーを見せてもらいたいと思います。

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2018年5月22日 (火)

体育会のくだらない慣習

日大アメフト部事件は、タックルされた関学選手が被害届を提出、タックルした日大選手本人が記者会見という最悪の展開になりました。日大内田監督の言動に納得できないことからの対応のようです。

内田監督は自身が反則を指示したかどうかについては明言しませんでした。非難される最大の理由はここですが、相手校の学校名を間違えていたというのも大きく非難的に報道されています。

私も一応、大学体育会出身です。体育会の常識としてライバル校の校名を間違えることはあり得ません。この一点だけでも、私はこの監督を信用することはできないのです。

テニスは完全に個人競技ですが、団体戦も行われます。強い選手から順番に対戦して勝敗を競います。対戦前にオーダーを交換するのですが、これが大層で大変でした。奉書紙に墨書きで、自校の選手名を書きます。ここで相手校の正式名称を間違えると大変なことになります。対戦を拒否されても仕方がないほどの事態となるのです。

部の正式名称というのも曲者なのです。名門慶応は「慶応義塾体育会庭球部」だったと思います。「慶応」の後に「大学」が入らないのです。当時はほとんどが「庭球部」でしたが、「テニス部」のところとか、「硬式」が入る、入らないとか。必ず、相手校に確認して、試合の前日には大騒ぎしながら、厳粛にオーダーを書いていました。くだらない、無駄な慣習かもしれません。今ではこんなことしていないですよね。決められたフォーマットに記入しているのだと思います。もしかしたら早慶戦くらいはやっているかな。

この奉書紙のオーダーには、対戦を大切に思う気持ちと相手校へのリスペクトが込められていたのだと思います。オーダー交換の方法が変わったとしても、この気持ちは忘れてはいけないと思います。大仰なオーダー交換は残してもいい体育会的慣習だったかもしれません。本質を忘れなければ。

こんな時代に体育会を経験した、決して真面目ではなく、練習はサボりまくっていた、体育会嫌いの私でさえ、相手校の正式名称を間違える奴なんて信じられません。

体育会体質の中に、上級生、OB、指導者に絶対服従があるようです。悪しき慣習ですよね。「絶対」に「服従」なんて論外。お互いがお互いを理解して、同じ目的に対して邁進するのが真の体育会体質だと思います。指導者は信用、信頼、尊敬されてこそ指導者です。

スポーツの世界では勝者はただ一人。他はすべて敗者となります。敗者がいなければ勝者は存在できません。特に大学スポーツにおいては「勝利至上主義」はあり得ないと思います。

日大アメフト部が「勝利至上主義」のために、選手に「絶対服従」を強いて起こってしまった、としか思えないこの事件は、アメフトだけでなく大学体育会全体を貶めるものだと思います。

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2017年12月17日 (日)

大阪女学院のクリスマス礼拝2017

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 今年も娘の通う学校の公開クリスマス礼拝に行ってきました。娘の入学前、2012年以来毎年心洗われる時間を過ごさせていただいています。
 娘はずっと裏方で照明を担当しています。期末試験が終わると毎日練習。本番前の緊張している様子は見ていてハラハラしました。聖歌隊やハンドベルの皆さん、ページェントを演じた皆さんも大変だったと思います。今年も完ぺきでした。
 娘も今年は高校2年生。スタッフとして参加するのは最後になってしまいました。実際の操作は後輩に任せて裏方の裏方にまわったようです。それでも終わった後は達成感と解放感から明るい涙を流したようです。心から「お疲れ様」と言いたいと思います。
 とにかく素晴らしい礼拝です。過去にもブログを書いているので、内容についてはこちらを読んでみてください。
 2012ブログ「公開クリスマス
 2013ブログ「入学公開クリスマス
 
 素晴らしい礼拝でしたが、今年はとても残念に思うこともありました。私たちの後方に小さなお子様を連れた方が二組いらしたようで、礼拝の最中ずっとその子供の声にイライラさせられたのです。やっと言葉を覚えたくらいの子供が、本番中ずっと声を出していました。周りの方も気になっていらしたと思います。腹立ちを抑えることに気を取られて、礼拝に集中することができませんでした。
 
公共の場における子供の扱いについてはいろいろ議論のあるところではあります。私はどちらかというと容認派だと思っています。幼稚園や保育園を騒音公害だと排除する人がいることには怒りを覚えます。公共交通機関でのベビーカーは排除されるべきではなく、むしろもっと利用しやすくする必要があると思っています。赤ちゃんは泣くものだから、うるさいと怒鳴ることもしません。むしろかわいいと思います。人ごみの中は子供にとって居心地のいい場所であるわけがなく、連れ出されるのはかわいそうです。泣くのも仕方ないと思っています。
 しかし、周りで迷惑に思う人がいるのも確かです。迷惑をかけて申し訳なさそうにしている親御さんのこともかわいそうに思います。ただ、無神経な親の態度に腹が立つこともあります。
 さて、今回のケースです。礼拝に就学前の子供連れで参加することに必然性はあるのでしょうか。上の娘さんが何らかの形で礼拝に関わっているので下の子も連れて見たいという気持ちはよくわかります。しかし、お祈りやページェント、聖歌、ハンドベルの演奏などの邪魔をしてしまっては、お姉さんにとっても迷惑ではないでしょうか。お子さんにとっても楽しい場所であるはずもなくかわいそうだと思います。私だったら残念と思いつつもまず連れて行かないし、もし行ったとしても確実に子供を連れて退席していたと思います。
 とても腹が立ったので、本番終わりで当人のところに行って、私は迷惑だと思い腹が立ったと言ったのですが、驚いたことに親御さんは全く周りに迷惑をかけたとは思っていないようでした。私が怖い顔をしていることにキョトンとしているようでした。

 在校生の親としては来年が最後のクリスマスです。来年は嫌な思いしたくないです。公開クリスマスへの未就学児の入場を制限するよう学校に申し入れしようかな
悩むところであります。

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2017年12月11日 (月)

第3回大阪ホームレス会議

 「第3回大阪ホームレス会議」に出席しました。
 8年ぶりに開催された今回の「ホームレス会議」のテーマは「食のセーフティネットのいま」。
 平成28年度の日本の食料自給率は、カロリーベースで38%。生産額ベースでも68%です。なのに、まだ食べられるのに捨てられている食べ物、いわゆる「食品ロス」が年間約632万トンもあるそうです。そんなもったいない状態のなかでも、この日本で餓死する人が少なからずいるのです。
 このおかしな状況を少しでも解消するために頑張っているのが、「フードバンク」。
お話を聞かせていただいたのは、フードバンクを利用されているビッグイシュー販売者の方と、以下の皆様。
・高橋実生さん (フードバンクかわさき 代表)
・浅葉めぐみさん (認定NPO法人フードバンク関西 理事長)
・古市邦人さん (NPO法人炊き出し志絆会 理事)
・川辺康子さん (にしなり☆こども食堂 代表)
どんな考えのもとに、どんな活動をしているのかは、それぞれのウエブサイトをぜひ見てください。

 それぞれのフードバンク代表の方は、当たり前のことを普通にやっているという感じでお話しされていましたが、やっていることは社会の歪ともいうべき酷い状況を少しでもましなものにするために確実に必要で役に立っていると思います。本来は政治と行政が担うべきことですが、現状は最低限のセーフティネットであるはずの生活保護でさえ引き下げが検討されているという異常事態。あまりの情けなさに腹立ち、悲しく、涙が出そうでした。
 質問コーナーの最後、大企業が大量に産業廃棄物としてお金を払って処理しているものを引き取ればいいのではないかと参加者からの質問がありました。しかし、現状の法律では、企業は商品を食品として出荷する以外は、すべて廃棄物として処理しなければいけないらしく、廃棄物とされた食品をフードバンクが引き取り他者に提供することはできないそうです。引き取るには寄付してもらうしかないのですが、決裁が必要な経営トップまで話が上がるのは難しいようです。そもそもなんでそんなにロスが出るのかとか、もし事故が起こったら誰が責任をとるのか、なんていうことになり話が握りつぶされるのです。
 特定の要件を満たしたフードバンクに提供を認める特例を認めれば解決するのですが、フードバンクにはロビーイングする資金もなく手詰まりの状況だそうです。
 パネラーの皆さんは行政や政治に対する怒りや愚痴はほとんど口になさらず、腹が立つことはないのか聞いてみたいと思っていましたが、この話をされた時のフードバンク代表の方は、さすがに声も大きく、語調もきつくなっていたように思いました。本来行政が担うべきことなのに、邪魔されているという情けない状況です。
 ビッグイシュー代表の佐野さんは、最後の挨拶で本来行政が担うべきことではあるが、民間の力で人を助けられるようになっていることは社会が良い方向に向いていると思うと話されていました。ボランティアや寄付するのは難しいかもしれませんが、多くの人が現状を理解し、行政や政治に働きかけていくことが必要だと思います。

 最後にこれだけはわかって欲しいこと。
 生活保護の不正受給についていろいろ言われていますが、不正受給率は金額ベースにして0.5%ほど、そもそも生活保護の捕捉率は20%程度しかありません。多くの人がちゃんと仕事をしながら生活保護以下の収入でなんとか生きているのが現状です。現在決められている最低賃金ではフルタイムで働いても自立して文化的な生活をすることができないのははっきりしています。生活保護費の削減は、支給金額を下げることより、最低賃金を引き上げることのほうが効果的だと思います。
 生活保護費を貰いながらパチンコして暮らしているとの非難がありますが、そのパチンコ代は食費を削って捻出するしかありません。「彼らの食生活のレベルは私より劣悪です。」とのビッグイシュー販売者の方の話が印象的でした。

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2017年9月28日 (木)

久々の更新

久々の更新です。

私は「争う」ことが嫌いです。「戦う」ことは最もしたくないことです。口喧嘩さえもしたくない、この世の中から一切の争いが亡くなり、戦う必要がなくなることを願う超理想主義の平和主義者です。
 「戦争」は、人間が犯すもっとも愚かな行為です。人が人を殺すことはどんなことがあっても許されることではありません。個人間で行われる殺人には、殺す側が殺される側に対する、許されることではありませんがなんらかの理由がありますが、国家や民族の間で行われる戦争では、個人的には何も殺す理由を持たない人々がお互いに殺し合いをします。しかも、誰も傷つけたくない、殺したくないと思っている人までもが殺されてしまいます。
 人は人ができるだけ幸せに長く生きられるようにすることに、営みのほぼすべてを費やしています。食品を作り、病気に罹らないようにし、治す薬を開発し、事故を減らす対策を講じ、自然災害に対する備えをし、できるだけ人が死なない社会を作ろうとしています。人が死ぬことが前提の戦争を肯定し、人を殺すためだけにしか役に立たない道具である兵器をつくることは、そんな人たちに対する裏切り行為です。

 戦争を必要悪だとして、その存在を認めてしまうと永久になくなることはありません。この世の中に兵器が存在し、戦争が行われている、戦争になる可能性があるという現実は認めますが、どんな形であれ私は戦争に加担したくありません。この世の中のすべての人が、戦争をしないと思えば戦争はなくなります。戦争をなくす方法は、すべての人が争いを解決する方法として武力を用いないと思い、戦争を認めないことしかありません。
 政治とは、すべての人が幸せに寿命を全うするために、それぞれの持つ個性と考え方の違いを調整するためのものです。争いがなければ必要ありません。政治家は世の中に絶対に必要なものではありませんが、残念ながら争いごとの多い現在には必要です。
 人々の対立を煽ることは政治家の仕事ではありません。対立を無くすことが仕事なのです。
 
 まもなく衆議院が解散され、選挙が行われるようです。人々の興味は選挙「戦」の「勝ち負け」になりそうです。選挙が「戦い」とされ「勝ち負け」を決めるために行われることはとても残念なことです。政治家の皆さんには、より多くの人が幸せになれるための政策を提示していただき、私たちに選ばせていただきたいと思います。
 無理そうだな

 久々のブログ更新がこんな話題で残念です。楽しいこと書きたいな。


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2016年4月 1日 (金)

新年度が始まった

今日は41日。恒例の近況報告です。
大学図書館で働き始めて1年が経ちました。明日の大学入学式は、満開の桜が迎えてくれそうです。
仕事の方はノンビリさせてもらっています。3月は春休みで仕事が暇だったので週4日勤務にしていただきました。図書館の仕事は極めれば深くて難しいものだとは思いますが、閲覧サービスだけで、マネジメント業務なし、ただそこにある仕事をこなすだけだったら苦労はありません。この一年、苦労といえばカウンターで一緒に仕事する女性がなかなか個性的な性格の方だったことくらい。一時はストレスを感じましたが、そこは30年以上のブラック業界経験を活かしてなんとか乗り切ることができました。現在あるストレスといえば、毎日の献立を考えなければいけないことぐらいです。
娘は無事中学を卒業しました。まもなく始まる高校3年間は、ますます真剣に将来のことを考えて過ごすことになります。その娘が、「パパはもっと人の為になる仕事するかと思っていた。」と言うのです。図書館の仕事は充分人の為になる仕事だと思うのですが、娘にとっては物足りないみたいです。私にとっても物足りなく、ノンビリし過ぎだと思っていたのでいろいろ考えてはいたのですが。
人の為、私が役に立てることは、30年間のやくざ稼業で培った、巷に溢れる情報との正しい付き合い方を伝えること。そう思い、強力なコネを使い、しつこい売り込みをして大学の講師を務めることになりました。広告業界とマスコミの実態を語りながら、学生にはこの厄介な社会を正しく生き延びるためのメディアリテラシーを学んで欲しいと思います。まずは週一コマだけなので、ついでに夏の参院選に出馬する準備もしています。打倒、嘘つき政権。民主主義の危機から日本を救うのです。



なんてことを、考えてもみたのですが、そんな才能もなく、やる気も起こらないで、取りあえず今年度も主夫しながら図書館の仕事を続けます。ちょっと積極的に、できること着実にね。
妻も看護師2年目に突入。頑張っています。きつい仕事だし、理不尽なこともたくさんあるようですけどね
幸せなことに、彼女は私にやりたいことあれば、協力すると言ってくれています。残された人生、どうすれば人の役に立てるのかボチボチ考えていきたいと思います。

相変わらず、ややこしい性格の面倒くさい奴です。たまには人生や世の中の理不尽について激論交わしたり、愚痴言いたくなったら、是非食事にでも誘ってください。よろしくお願いします。

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