2017年12月17日 (日)

大阪女学院のクリスマス礼拝2017

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 今年も娘の通う学校の公開クリスマス礼拝に行ってきました。娘の入学前、2012年以来毎年心洗われる時間を過ごさせていただいています。
 娘はずっと裏方で照明を担当しています。期末試験が終わると毎日練習。本番前の緊張している様子は見ていてハラハラしました。聖歌隊やハンドベルの皆さん、ページェントを演じた皆さんも大変だったと思います。今年も完ぺきでした。
 娘も今年は高校2年生。スタッフとして参加するのは最後になってしまいました。実際の操作は後輩に任せて裏方の裏方にまわったようです。それでも終わった後は達成感と解放感から明るい涙を流したようです。心から「お疲れ様」と言いたいと思います。
 とにかく素晴らしい礼拝です。過去にもブログを書いているので、内容についてはこちらを読んでみてください。
 2012ブログ「公開クリスマス
 2013ブログ「入学公開クリスマス
 
 素晴らしい礼拝でしたが、今年はとても残念に思うこともありました。私たちの後方に小さなお子様を連れた方が二組いらしたようで、礼拝の最中ずっとその子供の声にイライラさせられたのです。やっと言葉を覚えたくらいの子供が、本番中ずっと声を出していました。周りの方も気になっていらしたと思います。腹立ちを抑えることに気を取られて、礼拝に集中することができませんでした。
 
公共の場における子供の扱いについてはいろいろ議論のあるところではあります。私はどちらかというと容認派だと思っています。幼稚園や保育園を騒音公害だと排除する人がいることには怒りを覚えます。公共交通機関でのベビーカーは排除されるべきではなく、むしろもっと利用しやすくする必要があると思っています。赤ちゃんは泣くものだから、うるさいと怒鳴ることもしません。むしろかわいいと思います。人ごみの中は子供にとって居心地のいい場所であるわけがなく、連れ出されるのはかわいそうです。泣くのも仕方ないと思っています。
 しかし、周りで迷惑に思う人がいるのも確かです。迷惑をかけて申し訳なさそうにしている親御さんのこともかわいそうに思います。ただ、無神経な親の態度に腹が立つこともあります。
 さて、今回のケースです。礼拝に就学前の子供連れで参加することに必然性はあるのでしょうか。上の娘さんが何らかの形で礼拝に関わっているので下の子も連れて見たいという気持ちはよくわかります。しかし、お祈りやページェント、聖歌、ハンドベルの演奏などの邪魔をしてしまっては、お姉さんにとっても迷惑ではないでしょうか。お子さんにとっても楽しい場所であるはずもなくかわいそうだと思います。私だったら残念と思いつつもまず連れて行かないし、もし行ったとしても確実に子供を連れて退席していたと思います。
 とても腹が立ったので、本番終わりで当人のところに行って、私は迷惑だと思い腹が立ったと言ったのですが、驚いたことに親御さんは全く周りに迷惑をかけたとは思っていないようでした。私が怖い顔をしていることにキョトンとしているようでした。

 在校生の親としては来年が最後のクリスマスです。来年は嫌な思いしたくないです。公開クリスマスへの未就学児の入場を制限するよう学校に申し入れしようかな
悩むところであります。

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2017年12月11日 (月)

第3回大阪ホームレス会議

 「第3回大阪ホームレス会議」に出席しました。
 8年ぶりに開催された今回の「ホームレス会議」のテーマは「食のセーフティネットのいま」。
 平成28年度の日本の食料自給率は、カロリーベースで38%。生産額ベースでも68%です。なのに、まだ食べられるのに捨てられている食べ物、いわゆる「食品ロス」が年間約632万トンもあるそうです。そんなもったいない状態のなかでも、この日本で餓死する人が少なからずいるのです。
 このおかしな状況を少しでも解消するために頑張っているのが、「フードバンク」。
お話を聞かせていただいたのは、フードバンクを利用されているビッグイシュー販売者の方と、以下の皆様。
・高橋実生さん (フードバンクかわさき 代表)
・浅葉めぐみさん (認定NPO法人フードバンク関西 理事長)
・古市邦人さん (NPO法人炊き出し志絆会 理事)
・川辺康子さん (にしなり☆こども食堂 代表)
どんな考えのもとに、どんな活動をしているのかは、それぞれのウエブサイトをぜひ見てください。

 それぞれのフードバンク代表の方は、当たり前のことを普通にやっているという感じでお話しされていましたが、やっていることは社会の歪ともいうべき酷い状況を少しでもましなものにするために確実に必要で役に立っていると思います。本来は政治と行政が担うべきことですが、現状は最低限のセーフティネットであるはずの生活保護でさえ引き下げが検討されているという異常事態。あまりの情けなさに腹立ち、悲しく、涙が出そうでした。
 質問コーナーの最後、大企業が大量に産業廃棄物としてお金を払って処理しているものを引き取ればいいのではないかと参加者からの質問がありました。しかし、現状の法律では、企業は商品を食品として出荷する以外は、すべて廃棄物として処理しなければいけないらしく、廃棄物とされた食品をフードバンクが引き取り他者に提供することはできないそうです。引き取るには寄付してもらうしかないのですが、決裁が必要な経営トップまで話が上がるのは難しいようです。そもそもなんでそんなにロスが出るのかとか、もし事故が起こったら誰が責任をとるのか、なんていうことになり話が握りつぶされるのです。
 特定の要件を満たしたフードバンクに提供を認める特例を認めれば解決するのですが、フードバンクにはロビーイングする資金もなく手詰まりの状況だそうです。
 パネラーの皆さんは行政や政治に対する怒りや愚痴はほとんど口になさらず、腹が立つことはないのか聞いてみたいと思っていましたが、この話をされた時のフードバンク代表の方は、さすがに声も大きく、語調もきつくなっていたように思いました。本来行政が担うべきことなのに、邪魔されているという情けない状況です。
 ビッグイシュー代表の佐野さんは、最後の挨拶で本来行政が担うべきことではあるが、民間の力で人を助けられるようになっていることは社会が良い方向に向いていると思うと話されていました。ボランティアや寄付するのは難しいかもしれませんが、多くの人が現状を理解し、行政や政治に働きかけていくことが必要だと思います。

 最後にこれだけはわかって欲しいこと。
 生活保護の不正受給についていろいろ言われていますが、不正受給率は金額ベースにして0.5%ほど、そもそも生活保護の捕捉率は20%程度しかありません。多くの人がちゃんと仕事をしながら生活保護以下の収入でなんとか生きているのが現状です。現在決められている最低賃金ではフルタイムで働いても自立して文化的な生活をすることができないのははっきりしています。生活保護費の削減は、支給金額を下げることより、最低賃金を引き上げることのほうが効果的だと思います。
 生活保護費を貰いながらパチンコして暮らしているとの非難がありますが、そのパチンコ代は食費を削って捻出するしかありません。「彼らの食生活のレベルは私より劣悪です。」とのビッグイシュー販売者の方の話が印象的でした。

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2017年9月28日 (木)

久々の更新

久々の更新です。

私は「争う」ことが嫌いです。「戦う」ことは最もしたくないことです。口喧嘩さえもしたくない、この世の中から一切の争いが亡くなり、戦う必要がなくなることを願う超理想主義の平和主義者です。
 「戦争」は、人間が犯すもっとも愚かな行為です。人が人を殺すことはどんなことがあっても許されることではありません。個人間で行われる殺人には、殺す側が殺される側に対する、許されることではありませんがなんらかの理由がありますが、国家や民族の間で行われる戦争では、個人的には何も殺す理由を持たない人々がお互いに殺し合いをします。しかも、誰も傷つけたくない、殺したくないと思っている人までもが殺されてしまいます。
 人は人ができるだけ幸せに長く生きられるようにすることに、営みのほぼすべてを費やしています。食品を作り、病気に罹らないようにし、治す薬を開発し、事故を減らす対策を講じ、自然災害に対する備えをし、できるだけ人が死なない社会を作ろうとしています。人が死ぬことが前提の戦争を肯定し、人を殺すためだけにしか役に立たない道具である兵器をつくることは、そんな人たちに対する裏切り行為です。

 戦争を必要悪だとして、その存在を認めてしまうと永久になくなることはありません。この世の中に兵器が存在し、戦争が行われている、戦争になる可能性があるという現実は認めますが、どんな形であれ私は戦争に加担したくありません。この世の中のすべての人が、戦争をしないと思えば戦争はなくなります。戦争をなくす方法は、すべての人が争いを解決する方法として武力を用いないと思い、戦争を認めないことしかありません。
 政治とは、すべての人が幸せに寿命を全うするために、それぞれの持つ個性と考え方の違いを調整するためのものです。争いがなければ必要ありません。政治家は世の中に絶対に必要なものではありませんが、残念ながら争いごとの多い現在には必要です。
 人々の対立を煽ることは政治家の仕事ではありません。対立を無くすことが仕事なのです。
 
 まもなく衆議院が解散され、選挙が行われるようです。人々の興味は選挙「戦」の「勝ち負け」になりそうです。選挙が「戦い」とされ「勝ち負け」を決めるために行われることはとても残念なことです。政治家の皆さんには、より多くの人が幸せになれるための政策を提示していただき、私たちに選ばせていただきたいと思います。
 無理そうだな

 久々のブログ更新がこんな話題で残念です。楽しいこと書きたいな。


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2016年4月 1日 (金)

新年度が始まった

今日は41日。恒例の近況報告です。
大学図書館で働き始めて1年が経ちました。明日の大学入学式は、満開の桜が迎えてくれそうです。
仕事の方はノンビリさせてもらっています。3月は春休みで仕事が暇だったので週4日勤務にしていただきました。図書館の仕事は極めれば深くて難しいものだとは思いますが、閲覧サービスだけで、マネジメント業務なし、ただそこにある仕事をこなすだけだったら苦労はありません。この一年、苦労といえばカウンターで一緒に仕事する女性がなかなか個性的な性格の方だったことくらい。一時はストレスを感じましたが、そこは30年以上のブラック業界経験を活かしてなんとか乗り切ることができました。現在あるストレスといえば、毎日の献立を考えなければいけないことぐらいです。
娘は無事中学を卒業しました。まもなく始まる高校3年間は、ますます真剣に将来のことを考えて過ごすことになります。その娘が、「パパはもっと人の為になる仕事するかと思っていた。」と言うのです。図書館の仕事は充分人の為になる仕事だと思うのですが、娘にとっては物足りないみたいです。私にとっても物足りなく、ノンビリし過ぎだと思っていたのでいろいろ考えてはいたのですが。
人の為、私が役に立てることは、30年間のやくざ稼業で培った、巷に溢れる情報との正しい付き合い方を伝えること。そう思い、強力なコネを使い、しつこい売り込みをして大学の講師を務めることになりました。広告業界とマスコミの実態を語りながら、学生にはこの厄介な社会を正しく生き延びるためのメディアリテラシーを学んで欲しいと思います。まずは週一コマだけなので、ついでに夏の参院選に出馬する準備もしています。打倒、嘘つき政権。民主主義の危機から日本を救うのです。



なんてことを、考えてもみたのですが、そんな才能もなく、やる気も起こらないで、取りあえず今年度も主夫しながら図書館の仕事を続けます。ちょっと積極的に、できること着実にね。
妻も看護師2年目に突入。頑張っています。きつい仕事だし、理不尽なこともたくさんあるようですけどね
幸せなことに、彼女は私にやりたいことあれば、協力すると言ってくれています。残された人生、どうすれば人の役に立てるのかボチボチ考えていきたいと思います。

相変わらず、ややこしい性格の面倒くさい奴です。たまには人生や世の中の理不尽について激論交わしたり、愚痴言いたくなったら、是非食事にでも誘ってください。よろしくお願いします。

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2015年11月 2日 (月)

『.父の詩集』 福岡市総合図書館にて②

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父は詩集を3冊、句集を1冊自費出版しています。国立国会図書館のサイトで検索したら、福岡市総合図書館に所蔵されていることがわかりました。4冊とも閉架の『竹内實文庫』に配架されていますが、他に2冊が開架の郷土資料にありました。すべて禁帯出資料。館内での閲覧に限られます。
竹内實さんは、「日本における中国研究の第一人者。社会科学的視点に加えて、文学・思想・歴史学などの視座も含む総合的な現代中国論を構築し、人々の真の中国理解に大きく貢献した。(ふーあ 福岡アジア)」京都大学の名誉教授で、『福岡文化アジア賞』を受賞されました。父親は若い頃仕事絡みでご一緒させていただき、その後も親しくさせていただいていたようです。受賞のお礼にとこの図書館に中国関係の貴重な資料などの蔵書を寄贈されたのですが、その中に父が送りつけた詩集があったのだと思います。
開架の郷土資料も地元の有名な詩人の方が寄贈したコレクションでした。父の詩集の遊び紙には、父の献辞が書かれていました。どなたのコレクションだったのかは失念してしまいました。この図書館のサイトを見てもわかりません。それくらいのことが判るようにサイトの整備をお願いしたいですね。なんて、偉そうですね。閲覧した時にちゃんとメモしなかったことは、司書見習いとして失格です。
父の詩集は自費出版で一般には一切流通していないと思います。それが図書館に配架されているのは、そのコレクションが受け入れられる価値があるものだと認められる方に父が送り付けたからです。もし何か本を出版することになったら献本すべきですね。とは言っても、私には出版できるほどの文章を書く才能もないし、そのコレクションが価値あるものだと認められるような方との親交もありません。

父は平成2791日午前77分に亡くなりました。85歳でした。
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月の中旬までは、図書館や映画館に行くほど元気でした。一昨年の春に膵臓癌の手術をしてからの2年半は父にとって真の余生でした。58歳で仕事を辞めた後は、週1コマ短大の講師を6年間勤めた以外は全く働くことなく読書三昧。たまに映画を見に行ったり、図書館に行ったり、母親が段取りした旅行に行ったりする以外は殆ど実家で本を読んでいました。亡くなる直前に同人誌に発表した詩が地元紙に紹介されたこともあって、「詩人」として死亡記事が掲載されました。「詩人」として死ねたことは、父にとって満足できる最後だったと思います。死にたくなかっただろうけど。

父を直接知っている方以外には、亡くなったことをお知らせしませんでした。ご報告が遅くなって申し訳ありません。また、葬儀にご参列いただいた方、供花、弔電をいただいた方には心から感謝申し上げます。

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2015年10月11日 (日)

『文林堂の活版印刷と福岡の同人誌』 福岡市総合図書館にて①

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福岡市の図書館に行ってきました。蔵書120万冊、閲覧席1,000席。展示ホールや映画館もある大きくて、素晴らしい図書館でした。
図書館司書としての興味以外に来館の目的は二つ。その一つが展示ホールで開催されていた「活版印刷」についての企画展示『文林堂の活版印刷と福岡の同人誌』を見ることでした。
福岡の印刷会社「文林堂」に現存する活版印刷の設備や、印刷された同人誌の展示です。父が参加していた詩の同人誌はこの印刷屋さんで刷られていました。展示の中に父の名前もあったことを地元新聞社の記者の方に知らせていただきました。

今では信じられないことかもしれませんが、活版印刷は一文字毎の活字を並べて「版」にします。1文字のハンコを並べて文章にしてそこにインクを付けて印刷するような、印刷方法の原点です。
今ではパソコンで仕上がりを具体的にイメージしながら原稿を作り、そのままに印刷されます。原稿を作る人と印刷する人のコミュニケーションが無くても印刷できます。活版印刷では、手書き文字による原稿にしたがって「版」が作られます。書体や文字の大きさ、改行など文字の送り方も原稿上で文字により指示されます。その仕上がりは校正用に印刷されるまで具体的に確認することはできません。訂正するには時間と労力が必要です。原稿を作る人と、印刷する人がお互い思っていることを理解し、認識が一致しなければ印刷できません。印刷はクリエーターと職人の共同作業。お互いに想像力と知識と技術が求められるプロフェッショナルの作業でした。
私も30年以上印刷に関わる仕事をしてきました。私の時代にはすでに活版印刷からオフセット印刷になっていましたが、版下原稿で印刷の指示がされていました。カラー印刷での色の指示も4色の掛け合わせが数字で指示されていたので、広告会社の社員とはいえ印刷に関する基本的知識は最低限必要でした。その上で、クリエーターと印刷屋さん、クライアントとのコミュニケーションは絶対に必要だったのです。
昔が良かったというつもりはありません。いろんな技術が発達し、便利になったことは良いことだと思います。ただ、私たちがあの頃、便利になって欲しいと思い、便利になることで得られると思っていたことと、便利になった今の状況が違うものであるように思います。

父の書斎を片付けていたら、父が参加していた同人誌「パルナシウス」に寄稿した原稿が出てきました。原稿用紙に書体や文字の大きさ、字間などの指示が赤字で記されています。父は誰とどんな想いを共有しようとしていたのでしょう。

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2015年4月 1日 (水)

小説家デビュー

今日は41日、エイプリールフールです。
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年間勤めた広告屋をやめて1年と5か月目に入りました。在職中から勉強して修得した「図書館司書」資格を活かして、先月から大学の図書館で働いています。司書といっても全くの素人です。職場では女性陣のなかで唯一の男性、そして最年長のスタッフとして「汚いオヤジ」と言われないよう仕事を覚えるべくボチボチ時給を稼いでいます。

主夫として過ごした1年数か月の間、炊事、掃除、洗濯と家事をこなし、週三日のテニスなど、優雅に過ごしました。

仕事を辞めたらしたかったことがありました。若いころからの夢、小説を書くことです。今まで過ごしてきた幸せな人生。多くの人との出会いがありました。波乱万丈の人生を過ごしてきた幼馴染。広告の仕事をしてきたからこそお会いできた芸能人や文化人。小説のネタには困りません。1年以上をかけて執筆し、ついに脱稿しました。

私と同時代を生きてきた幼馴染グループの群像劇です。成績優秀で有名進学校から一流大学を卒業したのに、なぜか上手くいかず堕ちていく奴。
公立中高から国立大学、有名企業に就職し、幸せな結婚、子ども達にも恵まれたのに突然その家族を襲う不幸。
彼らの中では、劣等生だけどスポーツがちょっとできて、そこそこに勉強して、そこそこの大学を卒業し柔らかい職業に就き、フラフラと生きている奴。この彼の目を通して人生とは何か、生きていくこととは何かを問いかけます。
正直に、清く正しく生きようとしても上手くいかず、事件に巻き込まれ、図らずも家族や友人を裏切ってしまう奴。ミステリとしても楽しめるストーリーです。

ラッキーなことに、この度電子書籍としてのみですが出版してもらえることになりました。ということもあり、司書の仕事を始めたわけです。

と、真面目にこんなこと書いていると、昨年の娘の女優デビューと同じように信じてしまう人が多発して、また怒られそうなので、今年はハッキリ書きます。

小説なんて書いていません!!

とてもとても書きたかったのですが、私には1行書く才能も有りません。なので、時給スタッフの司書として、皆さんに良い本をお届けする仕事を究めたいと思います。

そうそう、女優になるなんてことは全くあり得ない娘も早いものでもう中学3年生。演劇部を辞めて、日本初の女性総理大臣になるべく活動しています。娘は彼女が総理になるまでに誰も女性が日本の総理大臣にならなかったら、それはそれで問題だと申しております。

ということで、また一つ歳をとりました。これからもよろしくお願いいたします。

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2015年3月31日 (火)

公共政策ラボ連続セミナー③

公共政策ラボ連続セミナー2015
3回『なにわの文化ええもんや』
日時:2015326日(木) 18:30~
会場:大阪市住まい情報センター5階研修室
講師:笑福亭竹林

前大阪市長平松邦夫さんが代表を務める「公共政策ラボ」のセミナーに参加しました。
公共政策ラボは過去に数百人規模のシンポジウムを数回開催していて、その内容は『脱グローバル論 日本の未来のつくりかた』として出版されています。今年は小規模のセミナーが毎月連続で開催されています。今回は3回目のセミナーでした。

今回の講師は笑福亭竹林さん。噺家さんなんですがテレビの出演がないので私も知りませんでしたが、本職よりも教育について一家言あるということで有名のようです。
前回のセミナーはモロあの人のあの話でしたが、今回は生臭い話はしないいうことで全く違う会場の雰囲気でした。会場は前回までのスクール形式ではなく机なしの車座。人数も30人程でした。
竹林師匠によると、話をするには3Kが必要だということです。環境、関係、気の三つなんですが、これとっても為になる話で私もどっかで使おうかと思うのでここでは詳しく書かないことにします。
他にも、誰が喋っても必ず大ウケする小噺も教えていただき私の今後にとって大変有意義なセミナーとなりました。
あの人のあの話がなかったのがちょっと残念なのですが

竹林師匠によると大阪は夕日の似合う街なんだそうです。これ大いに同意します。
他にも、子どもは怒らないで抱いて育てるとか。この話の時にそういえば私も娘を散々抱いて育てたな、と思いだし思わず笑ってしまったのですが、師匠は笑うところではないとちょっとムッとされたようです。ということなんです師匠。
「なんで判らなへんねん!」ではなく、「判るように話さなくてゴメン。」とか。
師匠の考え方は、私のそれと共通点が多いように思い、大いに共感しました。私は師匠程こなれていなくてしょっちゅう娘に怒っていますけど。少しでも師匠の境地に近づきたいですね。

江戸時代の日本を見た欧米人が、自給自足できていること、封建国家なのにそれらしくないこと、文化の高さに驚いたという話をしていただきました。江戸時代の庶民は余裕があったということらしいです。
考えてみれば、考えなくても簡単にわかるのですが、日本が誇る文化は江戸時代以前から引き継がれた伝統が、江戸の平和な時代に完成されたのですね。大阪が誇る「文楽」、そして「歌舞伎」。浮世絵や日本画。ドイツのマイセンにも影響を与えたという有田焼をはじめとする陶芸、漆器などの伝統工芸品。どれもがエコで使いやすく、美しいものばかりです。
戦争が終わり平和な70年間にも、自動車、電化製品など高品質の工業製品、マンガ、アニメなども、平和な日本が生み出した「文化」なのではないかと私は思うのです。
どっかの首相や市長はこのへんが良く解ってないような気がするのですが
確かに日本は「美しい国」だと思いますが、あの人のいう「美しい国」とは違うような気がします。

生臭い話がなくてちょっと物足りなかった今回のセミナーですが、唯一ちょっと生臭かった発言は斉藤努さんからでした。
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MTV出演させるべきではないアナウンサーだそうです。

このセミナーはツイキャスで中継されていました。その様子は近々公共政策ラボのサイトに動画でアップされると思います。興味ある方はそちらでご覧ください。

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2014年12月10日 (水)

NAHAマラソンと辺野古、普天間① マラソン編

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恒例のNAHAマラソンに行ってきました。
結果は中間地点でリタイア。トレーニング不足で全く走ることが出来ず、那覇では初めてリタイアバスに乗車しました。全く完走を望めないコンディションだったので悔しさは感じませんでしたが、後半の応援と差し入れを楽しむことが出来なかったのはとても残念でした。来年の完走目指してボチボチ走ろうと思います。
 
一昨年参加して制限時間30秒前にギリギリゴール。昨年は参加を見送りました。それまでは先着順のエントリーだったのですが、今年は抽選になりました。8月に落選の通知を受け取ったのですが、2次抽選で当選しました。しかし、その通知メールを見落としていたようで、9月末の申し込み締め切りの日に確認メールでようやく気が付き申し込みました。そこからのトレーニングでは無理とほぼ諦めモード。10月こそ、そこそこ走ったのですが、ペースが上がらず、11月はほぼ走らず。私の場合、ちゃんとトレーニングして人並みの体力です。今回はハーフが目標でした。

市民マラソンンは目標タイムや実績タイムの人からゼッケン番号が割り当てられます。そしてスタートは番号順に前から並びます。NAHAマラソンは運営が緩くて、以前は前の方に割り込むことが出来たのですが、数年前から厳しくなりました。自分のゼッケン番号のブロックからスタートすることはできません。当然私は最後尾からのスタートです。今年もスタート地点まで20分以上かかりました。なんか、エントリーが抽選となったことといい、スタート位置が厳しくなったことといい、このマラソンの「緩さ」という魅力が全国的なマラソンブームにより薄くなってきているような気がします。地元の知り合いも「緩さ」が良かったのにと、怒っていました。

とはいえ、沿道の応援の素晴らしさは健在です。最初の目標である7㎞地点での「YMCA」。コースを埋め尽くしたジョガー達が一斉にYMCAをやるのは圧巻です。15㎞地点位かな、「鉄腕アトム」も恒例。その他、沖縄の太鼓や、子ども達の踊り、生バンドの演奏など、いっぱい力を貰えます。なのに、私の今回の目標は中間地点。沿道の応援にも申し訳なさを感じて、差し入れにも遠慮がち、心から楽しむことができません。そんな完走が望めない最後尾の私たちにも、制限時間を過ぎてからも声援を送ってくれた沿道の沖縄の皆さん、ありがとうございました。来年も必ず戻ってきます。そして完走します。後半の方が差し入れがバラエティに富み、もっと楽しいのですよ。

今回の沖縄行の目的はマラソン完走ではなく那覇以外の場所を訪れること。これまで5回も沖縄に行っているのに、マラソンを走るだけで那覇以外を訪れたことはありませんでした。一日前の金曜日に那覇入りして、那覇以外に足を延ばすことにしました。おっさん一人でリゾートに行くのも気持ち悪いので、平和を愛する日本人として、問題になっている「辺野古」「普天間」を少しでも実感するために現地を訪れることにしました。続きは次回。

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2014年4月18日 (金)

ピアノ発表会

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 先日の日曜日は娘のピアノの発表会でした。通っている教室の発表会は2年に1回開催されます。娘は3回目の発表でした。
 前日は会場でのリハーサル。娘はその日学校で新入生のオリエンテーションの場での演劇部公演があり、予定されていた時間に間に合わず、時間を変えてもらいました。3人での連弾もあったので、お友達にも待ってもらい、私が学校まで迎えに行き、会場まで連れていきました。当日は本番前にアンサンブルのリハーサル。その後、妻が娘の髪をセットし、メイクもします。親もなかなか大変です。
 レッスンは週に1回30分。娘はそれ以外にほとんど練習をしないので、上達するわけもなく、演奏曲は小学低学年レベル。それをやっとミスなく弾けただけという恥ずかしい有様です。とにかく、本番直前まで酷い有様でした。先生には大いに迷惑をかけてしまいました。
 娘が発表会で何とか人に聞かせられるレベルにするために、本番前の数か月、娘の友人と共に、特別レッスンを先生にしていただきました。普段は近所の保育園でレッスンを受けているのですが、追加のレッスンは先生のご自宅で。最寄駅から遠いため、送迎までしていただいたようです。感謝しきれないほどお世話になってしまいました。
 その発表会ですが、出演者は皆ドレスを着ます。とても華やかです。演奏が終わると、家族や友人が花束を渡します。親もお洒落をしていかなくてはなりません。これは先生の方針です。
 子どもたちは皆、誇らしげで楽しそうです。子ども用のドレスはそんなに高いものではないのですが、贅沢には違いありません。しかし、発表会の費用負担も高くないと思うし、せっかくの2年に1回の晴れ舞台。無駄遣いだとは思いません。大きくなって、ドレスを用意するのが難しい子には先生のドレスを貸しているそうです。当日の生徒たちの面倒や、スタッフへの指示もすべて先生一人でこなしています。リハーサルから本番まですべての生徒の演奏をチェックし、ペアがいない子どもとの連弾も演奏し、アンサンブルの楽器の配置、キュー出しまで、その働きぶりには頭が下がります。私は娘にはピアノの上達は期待してないし、娘もその気はないようですが、こんなに良い発表会を経験できるのは素晴らしいことだと思います。他の教室の発表会のことは知りませんが、以前、知り合いの先生に聞いたところでは、最近はこれだけちゃんとした発表会をやっているとことは少ないとのこと。良い先生に出会えて良かったと思います。生徒のほとんどがプロを目指しているわけでもないし、ピアノの演奏を聞いて貰うだけでなく、衣装や、会場やお客さんの雰囲気も含めて経験できるのはとても貴重だと思います。
 先生がもっとも苦労し、心配だったのが、娘だったそうです。本番でなんとかミスなく演奏出来ました。「本番に強いのね。良かった。」とのコメントいただきました。先生には私の代わりに、仲良しのお母さんが、「癖になって、また練習しないから誉めないで下さい。」と、言ってくれたそうです。全くその通りで、次回、練習しなかったら、発表会には参加させません。

 ご迷惑をおかけした先生や、お友達。本当にありがとうございました。今後ともよろしくお願いいたします。

 写真は発表会に届けられたお花を分けていただいたものです。いただいた時には蕾だったいくつかの花も艶やかに咲きました。

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