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2018年5月24日 (木)

日大アメフト部関連の記者会見を見て思うこと

日大アメフト部関連の記者会見。選手の記者会見を見て思ったことを書こうと思っていたら、いきなり監督、コーチが記者会見した。巷にあふれる論評のほぼすべてが、選手の記者会見は素晴らしく、監督、コーチのものは最低レベルであるというもの。

私も世の論評に同意。監督、コーチの会見では、発言の度に彼らが指導者として能力に欠けていると思わせるばかり。しかも、司会者の仕切りは、アメフト部だけでなく日大広報も無能であると証明してしまいました。日大には危機管理学部があるようですが、受験生にはおすすめできませんね。

思うのは、私は幸せであったということ。

50年近くテニスをしています。高校、大学では体育会に所属していました。
小学生で初めてコートに立って以来、出会い、指導していただいた方はすべて素晴らしい方ばかりでした。
選手として素晴らしい実績を持ちながら、ボランティアで。世間を知らず、生意気で、体力もなく、技術も未熟な私を見放さず相手をしてくださいました。怒られたり、感情的に何かを言われたという記憶はありません。

何よりも、私に50年間もテニスを続けさせてくれたことに感謝しています。

テニスを通じて知り合い、受け入れてくれた皆さんのおかげで、私はこれまで生きてこられました。いや、ホントに。大袈裟でなく本気でそう思っています。

今回のアメフト問題。日大指導者の最大の罪は、選手がアメフトを続けられなくなってしまったことだと思います。

ジュニアや学生スポーツの指導における最大の目標は、その競技を好きになり、一生続けられる環境を作ることだと思います。どんなスポーツでも、上手くなった方が楽しいし、勝てば嬉しい。負ければ悔しい。でも、勝者が存在するには敗者が必要です。どんな競技でも、お互いのリスペクトがなければ成り立ちません。だって、最終的な勝者はただ一人。他はすべて敗者。勝たなければ意味がないことになれば、ほとんどの人が競技をする意味がなくなってしまうじゃないですか。勝利至上主義はありえないのです。

テニスのチャンピオンスピーチは、対戦相手を称えることから始まります。そして関わった方々へ感謝します。日大指導者の一連の発言には、敬意や感謝が全く感じられません。彼らが指導するチームが学生アメフトの頂点にいるということが残念でなりません。アメフト競技全体が大きなダメージをうけた事件だと思いますが、関学他、真剣に真面目に取り組んでいるチームの皆さんには、頑張って良いプレーを見せてもらいたいと思います。

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2018年5月22日 (火)

体育会のくだらない慣習

日大アメフト部事件は、タックルされた関学選手が被害届を提出、タックルした日大選手本人が記者会見という最悪の展開になりました。日大内田監督の言動に納得できないことからの対応のようです。

内田監督は自身が反則を指示したかどうかについては明言しませんでした。非難される最大の理由はここですが、相手校の学校名を間違えていたというのも大きく非難的に報道されています。

私も一応、大学体育会出身です。体育会の常識としてライバル校の校名を間違えることはあり得ません。この一点だけでも、私はこの監督を信用することはできないのです。

テニスは完全に個人競技ですが、団体戦も行われます。強い選手から順番に対戦して勝敗を競います。対戦前にオーダーを交換するのですが、これが大層で大変でした。奉書紙に墨書きで、自校の選手名を書きます。ここで相手校の正式名称を間違えると大変なことになります。対戦を拒否されても仕方がないほどの事態となるのです。

部の正式名称というのも曲者なのです。名門慶応は「慶応義塾体育会庭球部」だったと思います。「慶応」の後に「大学」が入らないのです。当時はほとんどが「庭球部」でしたが、「テニス部」のところとか、「硬式」が入る、入らないとか。必ず、相手校に確認して、試合の前日には大騒ぎしながら、厳粛にオーダーを書いていました。くだらない、無駄な慣習かもしれません。今ではこんなことしていないですよね。決められたフォーマットに記入しているのだと思います。もしかしたら早慶戦くらいはやっているかな。

この奉書紙のオーダーには、対戦を大切に思う気持ちと相手校へのリスペクトが込められていたのだと思います。オーダー交換の方法が変わったとしても、この気持ちは忘れてはいけないと思います。大仰なオーダー交換は残してもいい体育会的慣習だったかもしれません。本質を忘れなければ。

こんな時代に体育会を経験した、決して真面目ではなく、練習はサボりまくっていた、体育会嫌いの私でさえ、相手校の正式名称を間違える奴なんて信じられません。

体育会体質の中に、上級生、OB、指導者に絶対服従があるようです。悪しき慣習ですよね。「絶対」に「服従」なんて論外。お互いがお互いを理解して、同じ目的に対して邁進するのが真の体育会体質だと思います。指導者は信用、信頼、尊敬されてこそ指導者です。

スポーツの世界では勝者はただ一人。他はすべて敗者となります。敗者がいなければ勝者は存在できません。特に大学スポーツにおいては「勝利至上主義」はあり得ないと思います。

日大アメフト部が「勝利至上主義」のために、選手に「絶対服従」を強いて起こってしまった、としか思えないこの事件は、アメフトだけでなく大学体育会全体を貶めるものだと思います。

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2018年5月21日 (月)

日大アメフト部の事件

国民的事件となってしまった「関学VS日大 アメフト定期戦における違法タックル事件」。日大の内田監督がやっと姿を現し、関学関係者に謝罪して辞任を表明しました。内田監督はさぞ悔しい思いをしているでしょうね。

「なんで私がこれだけ非難されてマスコミに血祭りにされて辞めなくてはいけないのか」
と。

「あそこまで露骨な反則なんて指示していない。ばれない様にギリギリのところでやるのが当たり前だろ。へたくそで馬鹿な選手のせいで私のキャリアは無茶苦茶だ。」
「私は監督という絶対権力者だ。私の思いを忖度し、私に責任が及ばないよう上手くやるのが選手の使命だ。」
なんて思っているとしか思えないこれまでの経過と彼の態度。
そして何も動かない日本大学本体。

内田監督が悔しい思いをするのも仕方ないかもしれません。だって、この国では、最高権力者に忖度して違法行為ともいえることまでするのが当たり前。上からの指示はなかったとさえ言えばそれで終わり。事の顛末は明らかにする必要がないのですから。

内田監督は、潔さを感じさせたいのか
「すべては私の責任。弁解もしない。」
とは言いながら、反則を指示したことは明らかにしていないし、選手を擁護する言葉もなかったようです。24日までに文書で関学側に明らかにするとは言っていますが、期待できないように思います。

誰もが思っていると思いますが、顛末を明らかにして、内田監督にはすべての指導的立場から消えてほしいと思います。

それにしても、今回の騒動では、ほとんど日大サイドを擁護するコメントが見られませんね。

最近の日本では、最高責任者が明確な指示をしているかどうかだけが問題となり、物事の本質を忘れてしまうという風潮がまかり通っています。

高く買うところがあったにもかかわらすそれを安すぎるとことわりながら、権力者が関係しているところに国有地をただ同然で売る。権力者の友人には有利な条件で権利を認可する。立場を利用して相手を怖がらせ、不愉快な思いをさせた役人を法に触れていないと擁護する。すべてが、誰かの指示があろうとなかろうと、行われたこと自体が異常で間違ったことであるにもかかわらず、最高責任は自分の責任ではないと逃げるばかり。周辺は彼を守りことの顛末を明らかにしない。

そんな政治を異常だと思わないで現政権を支持する人がまだ3割もいるこの国のおかしさ。政権を非難する人々に対する誹謗中傷の多さ。であれば、日大アメフト部監督を擁護する人が出るとは思いきや、ほぼ沈黙。日本全体が日大を非難。

このアメフトの問題と同じように、いま日本の政治で何が行われているのか考えなくてはいけないと思います。たかがスポーツの問題で政治と一緒にするな、なんて言わないで欲しいな。



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2018年5月 4日 (金)

憲法記念日

どちらかというと私は護憲派です。今の憲法で70年間やってきて憲法のせいで私に大きな不利益を被ったことがないので、わざわざ変えることないじゃんという程度の護憲です。今以上に世界平和に貢献できて、日本国民が皆もっと幸せに暮らせるようになるのなら変えてもいいと思います。

自民党安倍政権の改憲については、絶対に反対です。改憲の理由やその根拠が意味不明。立憲主義を全く理解していない、または否定しているとしか思えないからです。

自民党憲法改正推進本部発行の『漫画政策パンフレット』を読んでみました。
「その1.なぜ憲法を改正するの?」での改憲理由は、戦争に敗けて戦勝国に押し付けられたものが70年も変わっていなくて、「敗戦国 日本」のままで、「うちのルールを隣の家の人に口出しされているみたいなものじゃない!!」ということのようです。

1945年、日本はポツダム宣言を受諾しました。
現在の憲法がすべて戦勝国の押し付けだったどうかは諸説ありますが、朝鮮戦争やベトナム戦争に派兵することなく復興を遂げたことに、憲法が影響していたことは間違いないと思います。そして、日本はいまだにまぎれもない敗戦国です。世界貿易取引へは事実上参加を許されているだけだし、占領軍は撤退しているように見えるものの、米軍基地や制空権の状況をみると影響が無くなったとは言えないと思います。ルールの押し付けといえば憲法よりも、日米地位協定の見直しなどのほうが敗戦国からの脱却には必要なことだと思います。無責任な軍国主義が世界からなくなり、平和、安全、正義の秩序が実現されるまでは、日本は永久に敗戦国です。その実現のために日本は武力によらず貢献しなければいけないと思います。

日本国憲法は解釈による運用の余地が多く、それが70年間変わらなかった大きな理由だと思います。この漫画に描かれている、「現行憲法が今の時代とかけ離れている。」というのは、あてはまらないと思います。

ということで、この漫画に描かれている憲法を変えなくてはいけないという根拠は、私には納得できるものではありません。

と、ここまで書いたところで憲法に関するテレビ番組が始まりました。
「アメリカが日本に改憲を望んでいた。」「当時の政権、もちろん自民党、の憲法調査会がアメリカに押し付けられた憲法と言い切ることはできないとして、憲法を変えることを棚上げする報告書を提出していた。」
という内容です。
日本国憲法が他国の押し付けである主張するならば、当時の報告書について再検証してからにすべきだと思います。自民党の改憲に関する最大の根拠が否定されています。

憲法が変わってどうなるかについては、書き方がとても巧妙だけど結局は有事の際にそれが有事かどうかを決めることも含めて政権の判断に委ねられ、主権を制限できるようにするってことのようです。

国民投票については、憲法改正の回数が多い国を引き合いに出して、一度も変えていないのはおかしいと書かれています。外国からの押し付けだから変えようと言っているのに、何回も変えている国があるから日本も変えるべきというのはなんとも矛盾しているのではないでしょうか。この件についても、あるテレビ番組でわかり易い説明をしていました。どの国も確実に変える必要があったから変えているのだそうです。

この漫画の結論的なものは、「憲法は国の形を定め国を変えていくもの。敗戦した日本にGHQが与えた憲法のままではいつまで経っても日本は敗戦国のまま。」

憲法は国家の権力を制限し、個人の権利を保障するものです。自民党の改憲に関する主張の根本が違うと思います。

護憲派というと、現在の憲法を全く変えたくないと主張する思考が停止して人のように言う人がいます。世論調査の項目は、変える必要があると思うか有無だけを聞いているものが多いようです。必要の有無が拮抗していて、それ以上に多いのが「どちらともいえない」というのが直近の傾向のようです。どちらも、改憲の内容によって変わってきますよね。護憲派のほとんどは、一言一句このまま変えるべきではないとは思っていないと思います。現政権での改憲については反対が過半数を超えているみたいですね。現政権は改憲の発議の前にまともな議論ができる状況にするべきではないでしょうか。

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