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2016年1月 4日 (月)

『詩誌 子午線』

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父が亡くなる直前に一度だけ同人として参加した詩誌『子午線』。元日に届きました。
父の追悼に10ページも割いてくれています。同人の皆さんがそれぞれ父について書いてくださっているのですが、どなたも父とは面識はありません。ただ一回、同人として参加し作品を掲載していただいた、それだけの関係です。ある方には図書館で探した父の詩集と、以前参加していた同人誌『パルナシウス』に掲載された父の作品について詳しく書いていただきました。私の知らなかった父のことを知ることができました。追悼のためのページですから、皆さん貶す訳もなく、息子としては勿論嬉しいのですが、それにしても褒めすぎではないかと思います。
私にとって父はとても「嫌な奴」でした。自己中心的で我儘、博多弁で言うところの「ツヤつけとう奴」。私たち家族のことは自ら理解しようとせず、「言ってくれないと解らない」と言うくせに、父自身のことは「言わなくても解れよ」と。よく知るそんな父の書くものは、だから全てが嘘くさく思えて気持ち良く読めません。多分、父がこの『子午線』をどこかで読んだとしたら、母には「この人たち判ってない」と憎まれ口を叩くに決まっています。同人の皆さんごめんなさい。
自分の作品を馬鹿息子共が理解できる訳ないと思っていた父に一度だけ読めと言われた作品があります。父の郷里の近くにある「天山」についてのエッセイでした。墓参りの後に登りたいといきなり言い出したので連れて登った後でした。頂上からの素晴らしい眺望について書かれていたので、前にも登ったことがあるのかと聞いたら、初めてだということでした。書いてしまったので一度見ておかないといけないと思ったようです。

そうです、この『子午線』に書いてくださっているように、父は嘘つきでした。創作とは「嘘を書く」ことだと父は言いました。考えてみれば、『子午線』の皆さんは父自身の事ではなく、父の創作を褒めていただいているのですね。ありがとうございます。悔しいけれど、父は父にとって良い人生で、幸せな死に様だったと思います。
父にとっては「出来の悪い」息子である私にとっても、いくら家族を顧みなかったとはいえ、皆さんに褒めていただけると悪い気はしません。
新しい年を迎えて、父を反面教師にして、家族を大切にしようと改めて思います。本当です。でも、最近妻に父そっくりだと言われるのです。まずいですよね。父親らしくなくても父は父。テニスの楽しさも、本を読む楽しさも、きっかけは父でした。ありがとう。

ということで、喪中につき新年のご挨拶を遠慮させていただきました。皆様におかれましては良い歳になるお祈りいたします。

今年もよろしくお願い申し上げます。



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