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2015年10月11日 (日)

『文林堂の活版印刷と福岡の同人誌』 福岡市総合図書館にて①

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福岡市の図書館に行ってきました。蔵書120万冊、閲覧席1,000席。展示ホールや映画館もある大きくて、素晴らしい図書館でした。
図書館司書としての興味以外に来館の目的は二つ。その一つが展示ホールで開催されていた「活版印刷」についての企画展示『文林堂の活版印刷と福岡の同人誌』を見ることでした。
福岡の印刷会社「文林堂」に現存する活版印刷の設備や、印刷された同人誌の展示です。父が参加していた詩の同人誌はこの印刷屋さんで刷られていました。展示の中に父の名前もあったことを地元新聞社の記者の方に知らせていただきました。

今では信じられないことかもしれませんが、活版印刷は一文字毎の活字を並べて「版」にします。1文字のハンコを並べて文章にしてそこにインクを付けて印刷するような、印刷方法の原点です。
今ではパソコンで仕上がりを具体的にイメージしながら原稿を作り、そのままに印刷されます。原稿を作る人と印刷する人のコミュニケーションが無くても印刷できます。活版印刷では、手書き文字による原稿にしたがって「版」が作られます。書体や文字の大きさ、改行など文字の送り方も原稿上で文字により指示されます。その仕上がりは校正用に印刷されるまで具体的に確認することはできません。訂正するには時間と労力が必要です。原稿を作る人と、印刷する人がお互い思っていることを理解し、認識が一致しなければ印刷できません。印刷はクリエーターと職人の共同作業。お互いに想像力と知識と技術が求められるプロフェッショナルの作業でした。
私も30年以上印刷に関わる仕事をしてきました。私の時代にはすでに活版印刷からオフセット印刷になっていましたが、版下原稿で印刷の指示がされていました。カラー印刷での色の指示も4色の掛け合わせが数字で指示されていたので、広告会社の社員とはいえ印刷に関する基本的知識は最低限必要でした。その上で、クリエーターと印刷屋さん、クライアントとのコミュニケーションは絶対に必要だったのです。
昔が良かったというつもりはありません。いろんな技術が発達し、便利になったことは良いことだと思います。ただ、私たちがあの頃、便利になって欲しいと思い、便利になることで得られると思っていたことと、便利になった今の状況が違うものであるように思います。

父の書斎を片付けていたら、父が参加していた同人誌「パルナシウス」に寄稿した原稿が出てきました。原稿用紙に書体や文字の大きさ、字間などの指示が赤字で記されています。父は誰とどんな想いを共有しようとしていたのでしょう。

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2015年10月 3日 (土)

15018.41歳からの哲学

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41歳からの哲学』 単行本 2004/7/17
池田 晶子  ()

娘の夏休みの課題図書『14歳からの哲学』をamazonで注文したつもりが、届いたのがこの本でした。私の完全な発注ミス。56歳の私には遅すぎるかもしれないけど、読むことにしました。

「哲学」って言っても、難しい言葉が並んでいる訳ではありません。身近な事象を普段使っている言葉で考えることがこの本で言う哲学のようです。
のっけから「戦争」について書いてあります。安保法案が成立してしまった今、とてもタイムリーな話題のようですが、この文章が書かれたのは10年以上前。イラク戦争が勃発し、フセイン政権が崩壊した年です。

人はなぜ死を恐れるのか― 世の中生きている人しかいないから「死」について本当に知っている人はいない。知る術もない。知らないことを恐れることはできないはずなのに、考えることをしない人間は死を恐れる。
「人は考えることをしないで本能的に恐れたままでいるから、死にたくないために戦争したり、逆に美化して観念の為に死んだりする訳である。したがって、戦争の抑止力ということなら死について各人が考えて気がつく以上のものはないのである。」(P9)

池田さんはこの本全編で「考えなさい」と言っているようです。で、ちょっと考えてみました。この本を読んだのは父が死に直面していた頃。

「死」について考えさせられる時期でした。

池田さんに言われるまでもなく、人は必ず死ぬものです。死んでどうなるかは誰にもわかりません。世の中すべてのことは、今生きているということが前提となります。死んで何かの為になるというのはあり得ない。でも、必ず死は訪れます。この事実に人は抗うことができない。抗うことのできない死のために人は生きているのかもしれない。となると、自分で死ぬなんて馬鹿馬鹿しい。他人に殺されるのはもっと嫌だ。何かのために死ぬなんてありえない。誰かの為に死んでも、その人も必ず死ぬのだし、死んで永遠に存続させられるものなんて何もない。抗うことのできない「死」まで、出来るだけ生きることが人間の本質かもしれない。そうだ、だから人間は死ぬまで生きるための努力をしているのだ。

医者が命を永らえさせることを生業としているだけでなく、どんな仕事でもそれに関与する人の安全が求められる。自動車のシートベルトも着用が義務化されているのも少しでも交通事故による死を少なくするためではないか。あらゆる人は他人の死に関与しないことが求められ、その可能性があることには人が死なないようにする努力義務が課されている。

人の死に関与するべきではないのは、自分の死に関与されたくないからではないか。そう考えると、人は自らが受け入れられる死を目指して生きているのかもしれない。

では、納得できない死とはどんな死なのか。自らに何の責任もないのに、回避できずに他人に殺されることではないか。その最たるものは戦争による死ではないか。個人的にお互い何の恨みの無い者が、何のために為に死ぬのか判らないままに、死ななければならない。その死の及ぼす影響についても死んでしまっては判りようがない。その理不尽さを感じながら死ぬまでの時期を過ごすということは、生きていくうえで最悪のことではないか。戦闘から生還したとしても、その経験者は一生その嫌な思いを抱えて生きなければならない。最悪の人生だと思う。

などと言うことを考えることが戦争の抑止力になると池田さんは書いているのですね。

私は世界中の人が武力を放棄して平和な用の中になるのを目指すべきだとずっと思っています。それを理想論にすぎないと非難する人がいます。では、戦争により平和になる具体的方法を提示して欲しい。誰も殺されない戦争なんてありえないでしょ。戦争は起こりえるものだと考えるから、戦争になります。戦争回避するには、お互いが戦争をしないと思うしかありません。ならば、先に「日本は戦争に関知しない。」と表明し、「だからあなたも攻めてこないでね。」というのはとても理に適ったことだと考えます。

ここまで考えれば、池田さんが「考えろ」と書いていることに応えられたことになるのでしょうか。

安保法案が成立した今の状況で書いた池田さんの文章を読みたかったです。


内容(「MARC」データベースより)
「なぜ人は死を恐れるか」「バカの壁を突破する」「悲しみを恐れて愛することを控えるか」など…。この世の身近な出来事をやさしく考えた、大人のための哲学エッセイ。『週刊新潮』連載の「死に方上手」を単行本化。
著者略歴 (BOOK著者紹介情報」より)

池田/晶子
1960
年東京生まれ。文筆家。慶応大学文学部哲学科卒業。専門用語を使わず、哲学するとはどういうことかを日常の言葉で語ることに定評がある(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)

単行本: 175ページ
出版社: 新潮社 (2004/7/17)
ISBN-10: 4104001066
ISBN-13: 978-4104001064

発売日: 2004/7/17
商品パッケージの寸法: 19.4 x 13.2 x 2.2 cm

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