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2014年3月26日 (水)

浅草散歩

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25日、父親と浅草近辺を散歩、お昼ごはんは「グリルグランド」でいただきました。
 浅草寺を抜けて、言問通りを渡り少し歩いたところにあります。この辺りは色街だと思います。こんな雰囲気の街には老舗の洋食屋さんが生き残っていることが多いですね。この店も73年前の昭和16年創業。ホールにいた女将さんらしき方が、「主人が生まれた頃からやっている」と、仰っていて、ご主人らしき方もいらしたので、多分現在は3代目あたりが調理場にいるのでしょうか。

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 父はプレーンなオムライス。

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 私はオムハヤシをいただきました。

 正統派といえるデミグラスソースはとても美味しかったです。午後
1時過ぎに入店したのですが、ほぼ満席でした。皆さん常連さんのようで、お客さんも含めてとても良い雰囲気のお店でした。
 
 323日から福岡の両親と末弟親子、私の家族が東京に集合しました。初日は東京に住んでいる次男も含めて、久々に家族が揃いました。この日は最終日。皆でスカイツリへ行ったのですが、父親が展望台に登るために待つのがいやで、単独行動をしたいと言いだし、仕方ないので私が付き合うことにしました。
 浅草寺を抜けて「待乳山聖天」を目指します。ここの大根が母親の実家の紋と同じだと父親は言うのですが、母親は「大根」が気に入らないのか、実家の紋は「丁子」だと言い張っています。その聖天さんの紋を確かめたかったようです。確かに聖天さんの紋は大根で、沢山の大根がお供えされていました。母親の実家の紋は「丁子」だから、違う紋だということで一件落着にしておきましょう。

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 (昭和27年)「十一月初五。終日雨。夜浅草。ロック座座長松倉氏女優踊子二、三十人を逢坂屋洋食店楼上に招ぎ余が文化勲章拝受の祝宴を張る。」(摘録断腸亭日乗() P353 永井荷風著 磯田光一編 1987 岩波文庫 1992 9刷)

 
 晩年、ロック座に入り浸っていた永井荷風ですが、昭和27年に文化勲章を受勲し、喜んだ踊子たちが、ささやかな祝宴を催したようです。断腸亭日乗では「逢坂屋」ですが、実際には「大坂屋」で言問通り沿いにあり、私は20年以上も前に訪れたことがあります。今回ここに行きたいと思い探しました。グーグルマップでは、記憶とは違う少し離れた場所に「レストラン大阪屋」が存在するのですが、実際そこは大坂屋という酒店でした。そこで閉店したと聞き「グリルグランド」での昼食となりました。
 大坂屋も昔ながらの洋食屋でしたが、店内にはテレビがあったり、マンガ本や週刊誌がテーブルに積んであったり、グリルグランドよりも庶民的な雰囲気でしたが、女将は、「ここは高級な店だから荷風さんは何度かしか来てない」と言ってました。グランドの老夫婦も仰っていましたが、言問通りを越えた一帯の色街は庶民が簡単に行けるような場所ではなく、荷風さんは単なる助平な爺さんだったようですね。ネットで調べたら、大阪は一度少し現代的にお洒落に改装したあと閉店したようですね。

 どうして色街あたりに美味しい洋食屋が多いのか、なんてことなどを父親と話しながら上野の美術館に向かいました。

 





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