« 2006年10月 | トップページ | 2006年12月 »

2006年11月28日 (火)

教育基本法改正について

愛読している「きっこのブログ」に教育基本法について書いてありました。
内容は教育改革国民会議の内容について。教育改革国民会議は、内閣総理大臣のもと、平成12年3月に発足し、平成12年12月22日に報告を取りまとめているようです。
ブログは一連の報告の中にある資料「kodomo_enohousaku_siryo.doc」をダウンロードについて突っ込んでいます。
平成12年7月7日(金)に開催された教育改革国民会議第1分科会(第4回)「kyoikukaikaku_houkoku.doc」をダウンロード
の資料のようです。
とにかく、酷い内容です。これを作成した人の知的レベルを疑います。笑える内容がたくさんあるので、是非ご一読を。笑ったあとに背筋が寒くなり二度楽しめます。
これはあくまでも資料であり、最終報告書「kyoikukaikaku_finalreport.doc」をダウンロード  は内容はともかくとして見かけはまともです。しかし、運用によっては戦前の教育が復活する恐さを孕んだ内容だと思います。
「奉仕活動を全員が行うようにする」という提言は徴兵制度を思い起こさせます。将来的には18歳以上全員にある一定期間の奉仕活動を義務付けるとなっています。
これってまるっきり徴兵制度と同じではないですか?
学生を卒業し社会人となることは、社会の一員となり世の中の役に立つことをしてその対価を得ることですよね。この報告書を読むと、普通に仕事していてはまともな道徳観が養えないと言っているような気がしてきました。仕事をしていることが社会に対する奉仕になっていないという事が問題ですよね。政治家や官僚がそうだからですかね。
まずは「政治の世界はそんな訳にはいかないんだよ」という「永田町の論理」をまともなものにすることが「教育改革」の第一歩ではないでしょうか。

報告書の最後に「教育改革の推進に際しては、教育の在り方について国民の幅広い意見を聴き、マスコミなどの協力を得ながら、国民的運動を推進すべきである。」とあります。しかし、タウンミーティングは「やらせ」でした。この事実だけで、政府は自ら提言したものを踏みにじってしまったことになった のではないでしょうか。
以前にも書いたのですが、道徳教育が一番必要なのは政治家とか官僚のような気がします。

| | コメント (0) | トラックバック (3)

2006年11月27日 (月)

マンマ・ミーヤ

劇団四季

Tvcf1014  「ABBA」のヒットナンバー22曲で綴られるミュージカル。
世界中で公演されているそうです。
妻は一年ほど前に観にいって面白かったと言っていたのですが、そのときは席が悪かったそうです。今回は良い席で観ることができました。

舞台はギリシャの小島。ホテルを1人で切り盛りするシングルマザーのドナ、そして結婚式を明日に控え、普通の幸せな暮らしを夢見る20歳の娘ソフィを中心に、ソフィの"父親探し"を軸にしたストーリーが展開します。
母親の昔の日記を盗み読みし、父親の可能性アリと見込んだ3人の男に自分の結婚式の招待状を送るソフィ。
しかしふたを開けてみると、なんと3人全員が「自分が父親だ」と名乗りを上げる・・・という、ありそうでなさそうなロマンティック・コメディ。

メインのキャストではなかったようです。ドナ役は早水小夜子さん。ちょっと中年体形のおばさん(失礼)。初見の私にはイメージピッタリ。でも、御不満な方も多いようですね。サムやビル・ハリーが「昔のままだ。変わってないよ。」という台詞は男としての優しさゆえだと解釈します。
ターニャの森以鶴美(もりいづみ)さんは、まさに「はまり役」。前田美波里さんだともっと凄みがあるのでしょうか。

私は「ABBA」世代ともいえる歳なので、なつかしの音楽を堪能させて貰いました。客は盛り上がりは上々で、最後は、お決まりらしいのですが、全員のスタンディング・オベーションです。カーテンコールも数度。妻が以前に見た時よりも盛り上がっていたそうです。

生の舞台っていいですね。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2006年11月22日 (水)

天使の卵

2原作は村上由佳の同名小説。既読です。
第6回小説すばる文学賞新人賞受賞作。前のブログ8月17日に書いています。
出演は小西真奈美、市原隼人、沢尻エリカ、戸田恵子、他
美大を目指し浪人中の19歳の歩太(市原隼人)と大学生の夏姫(沢尻エリカ)はつき合っていた。だがある日、歩太は満員電車で出会った美しい女性(小西真奈美)に一目惚れする。数日後に彼が精神病院に入院中の父を見舞いに行くと、その女性が父の新しい主治医として現れる。しかも、彼女は夏姫の8歳年上の姉だと分かり……。
原作にほぼ忠実なストーリー展開ですが、続編の「天使の梯子」の部分も少しあるようです。小説と同様楽しめました。 京都のロケが大半ですが、京都らしい京都、お寺とかは登場せず、京都らしくない京都、洋館とか、川岸の風景とかが登場します。とはいえ京都らしいのですが。全編とても綺麗で、映画ならではの美しさ、画面、ストーリー共に、楽しめます。泣ける映画です。
市原隼人の発音というか発声というか、はっきりしないところがちょっと気になったけど、最近の役者というとこんなものなんですかね。
で、続編の「天使の梯子」はテレビのスペシャルドラマでやってました。こちらの夏姫はミムラ。春妃の小西真奈美は映画のシーンそのままに登場してました。
Photo_1

| | コメント (0) | トラックバック (0)

上海人民滑稽劇団

上海喜劇「七十二家房客」

Blog061118_003_1 11月16日(木) メルパルクホール  中国語の先生と会社で中国語を勉強している仲間で観にいきました。

チラシに「上海版新喜劇」とあるとおり、そのまま「吉本新喜劇」中国語版です。舞台は30年代の上海、とある雑居アパート。意地悪な大家と悪徳警察対人の良い住民達の戦いです。本格的マジシャンがでてきたり、ミュージカル的な要素があったりしますが、何度も言いますが、内容は吉本新喜劇そのものです。

吉本興業が招聘しているので、島木譲二がパチパチパンチを披露したり、たまよちゃんがいつもの芸を見せたりで乱入してきます。

台詞はもちろん中国語。もちろん理解できません。電光板の字幕でだいたいの台詞は判りますが、タイミングが合っていないし、一番前の席だったので、字幕を追うと舞台が見えないのでちょっと困りましたが、充分楽しいお芝居でした。中国と日本、人情喜劇のストーリーって、似ていると言うより、同じなんですね。

中国語の先生は大うけしてました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年11月18日 (土)

06030.ローマ人の物語29

すべての道はローマに通ず [下]   塩野七生  新潮文庫

061111rome_002水道、医療、教育について書かれています。

水道はローマ街道と同じく技術的にも素晴らしいもので、2000年近く経った今でも使えるものらしいです。街道と水道は皇帝、すなわち「官」が建設、管理していて基本無料。ローマ人にとってのインフラとは生きていく上で最低限必要なもの。指導者層はその整備、維持をするのが使命だと認識していたようです。

医療と教育については民間に任されていたようです。公立の病院、学校はなかったようですが、医者、教師が活動する自由と制限はカエサルによってきちんと整えられていました。その制度は理にかなっているように思います。

現在、日本では「教育基本法」が改悪されようとしています。論点は「愛国心」。これは強制されるものではなく、皆がそう思える国を政治家が作るべきものではないでしょうか。昔は優秀な子供がいると、「末は博士か大臣か」と言ったものですが、今となっては死語になっています。政治家の汚職や国民を馬鹿にした政治の進め方で、政治家はダーティーなイメージになってます。誰も今の政治家に憧れたりしてません。「教育基本法」を変えるよりも、ローマの皇帝や指導者のように、国民にのために働き、尊敬される政治家が現れれば、愛国心は皆が持つことになると思います。

ローマでは大衆の人気が政治に直結していたようです。富は名誉についてくるものだったのではないでしょうか。やらせの討論会を開いて国民の声を聞いたことにするなんて、正当性はまったくありません。ローマ人の物語を読んでいると人間って進化してないんじゃないかと思ってしまいます。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

マラソンの準備 シューズ&ウェア

<ランニング・シューズ>

Blog061118_001本番1ヶ月前にそれまで履いていたジョギング・シューズが駄目になりました。結婚直前に妻に誕生日プレゼントとして買ってもらったものです。思い出のシューズなので、これで走りたかったのですが、あまり履いてなかったとはいえ、さすがに10年近く経つとだめになります。新しいシューズを買うことになりました。

スポーツショップに行くと競技用のランニングシューズが沢山並んでいます。カッコイイシューズが多く、目移りしますが初心者向けのシューズを選びました。ブランドはそれぞれの好みで構わないと思いますが、競技者向けのシューズは軽量化のため、ソールのクッション製をある程度犠牲にしていたりするので、ソールが厚く、大き目のものにしました。足の形に合うものを探して、時間をかけて試し履きを沢山しました。結局はお買い得品の安いアディダスのシューズになりました。良い靴は足にフィットしすぎる気がして、足の爪の生え方がちょっと変な私には不安で、つま先に余裕のあるシューズを選んだんです。

慎重に選んだつもりでも、両足の人差し指と左足の親指の爪の中には血が溜まってしまいました。足の大きさって左右で違うのに、市販のシューズは左右同じ大きさだから、ある程度足を靴に合わせることになってしまいますね。私のテニスシューズはイージー・オーダーで作ったものです。足の長さだけでなく、幅まで含めた多彩なサイズから、コンピューターで足を計測して左右それぞれ選びます。ランニング・シューズも同じようなものがあれば良いのですが。

<ウェア>

Blog061118_002_1 ジョギングは靴さえあればどこでもできます。ウェアも極論なんでもOKです。でも、最近は高機能のものが多く売られるようになりました。

ボトムはCW-Xを着ています。仕事の関係で数年前に試しに着てみたところ、テニスをした翌日の疲労が劇的に軽減されたので手放せなくなりました。筋肉や関節のサポート機能を備えたタイツです。私の参加したマラソンでも多くの人が着用していました。今回私が着用したのはスタビライクスモデル(ロング)、「股関節サポートを基本に、ひざ関節の安定を追求したモデル。腰の位置を安定させ、体軸のブレを抑える。すばやく、かつ安定した脚の動きをサポート。」という優れものです。

トップスは同じCW-XのX-FIT。身体にフィットした吸汗速乾性にすぐれたシャツです。最近では多くの野球選手がアンダーシャツとして着用しています。汗を吸っても重くならないし、汗冷えしにくいので快適です。また、乳首が擦れて痛くなることも無いようです。私のレベルでは走っているときは汗をかき、暑いのですが、歩くと身体が冷えるので、これを着て正解でした。

身体のラインが出てしまうので、不恰好な私にはちょっと恥ずかしいので、ボトムには膝下までの軽いパンツを着用しました。

靴下もCW-Xを履きました。左右の足の形に合った立体的な靴下です。シューズに気を使うのならば、靴下も良いものを履くべきです。筋肉の痛みはしょうがないですが、できるだけ足の痛みのリスクは軽減したいですからね。靴下が良かったのか、足にはほとんど豆が出来ませんでした。

汗が目に入り痛いので、頭にはタオルマフラーを巻いて、その上にキャップを被りました。高機能でカッコイイ汗止めが欲しいですね。

参加者の中には、シューズやウェアに気を使ってない人が多く見られましたが、少なくとも足元には気を使わないと完走がますます辛いものになるような気がします。 

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2006年11月11日 (土)

06030.ローマ人の物語28

すべての道はローマに通ず [上]   塩野七生  新潮文庫

061111rome_001オリジナルでは10巻目になるこの巻はローマのインフラについて書かれています。[上]ではローマ街道についてです。

どのローマ時代でも感心するのですが、ローマ街道については特に感心させられます。ローマ人にとってのインフラは「人間が人間らしい生活を送るための大事業」という重要性を知っていました。また、自国の防衛を、異民族との往来を促進することによって実現したのです。是非、今の日本の役人や政治家に読んでもらいたいものです。って、読んでも彼らには真意を理解できないでしょうね。一般のローマ人たちも、全体の利益を優先してまっすぐな道を作ることに何の疑問もなかったようです。この辺も見習わなくてはなりませんね。もちろん、技術的にも、制度的にもすぐれた道でこの時代に生きた人たちが羨ましくなります。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年11月 9日 (木)

フルマラソンを完走するまで

一昨年の秋、テニスをプレイ中に右足首を捻挫して、約2ヶ月間運動できませんでした。年が明けて、正月に弟とスーパー銭湯に行き、体重を計ってびっくり。大幅に自己記録を更新していました。

これではまずいと思っていたところに、仕事は部署が変わり、ほとんど残業することがなくなりました。そこでジョギングを思い立ったのです。

一念発起で走ろうと思ったのですが、わずか数歩で足が痛くなり走ることができません。仕方ないので、まずは1時間歩くことから始めました。

自宅の近所の小さな川沿いに遊歩道があり、そこがジョギングコースになりました。200メートルごとに距離表示があり、終点の公園まで約4km。この往復を走ることが当面の目標となりました。ウイークディの夜、週2,3回。最初の一ヶ月は2キロ歩いてから、ゆっくり走って帰る。二ヶ月目はゆっくり2キロ走る。と段々距離を伸ばします。土曜日の午前中は違うコースを1時間半から2時間ほどジョギング&ウオーキング。半年後には体重も6キロ以上落ち、往復8キロもなんとか走れるようになりました。この頃にフルマラソンにチャレンジしようと決心したのです。

今年の春頃から仕事も少し増え、ジョギングの回数も減りました。土曜日のジョギングも出来なくなったのですが、フルマラソン挑戦の決意は変わらず、9月には、ついにエントリーをしてしまいました。

今から思えば、ランニングの雑誌や本を読んで、ちゃんとトレーニングすべきだったと思いますが、まったく自己流、聞きかじりの知識でなんとなくジョギングをしてきました。10月になってから、20キロ弱を2回、30キロ弱を1回、ゆっくりながらなんとか走り、ハーフをイーブンで走る自信はできました。あとは歩いても制限時間にゴールすることができます。

長く走った後は、疲労回復してから走るのを心がけ、本番前一週間は完全に身体を休めました。

そして本番。なんとか完走できたのです。

060501_101201 ジョギングコースの川。春の風景です。

汚い川ですが、鯉や亀がたくさんいます。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年11月 8日 (水)

マラソンを走る理由

New_product1「フル・マラソン、完走したことあるよ。」と言ってみたかったのが最大の理由です。

これが言いたくて、最後まで走り(歩き)ました。

昨年の正月からボチボチ走り始めたのですが、その理由は、

①体重が増えた。③テニスをもっと楽にプレイしたかった。

からです。

なにしろ、最初は走るどころか、歩いただけで足が痛かったくらいですから、その進歩たるや自分でもびっくり、もしかしたらフルマラソンもいけるかもと半年くらいで思うようになりました。フルマラソンは20才台後半からいつか走りたいとは思っていました。

ジョギングを続けられた理由は

①仕事が暇になった。②睡眠時無呼吸症の治療で体調がよくなった。③CW-Xとの出会い。

の3点が大きかったです。

①については、きっかけはそうでしたが、結局は時間は自分で作るしかないと思い知ることができました。

②については治療を無駄だと思っていた私ですが、無理に病院に行かせてくれた妻に感謝です。昼間の眠気がなくなり、夜も熟睡できるようになったので体力的に楽になりました。

③足の疲れが劇的に緩和されるサポート・ウエアです。運動した翌日の疲れが大幅に少なくなり、次の日の筋肉痛を気にしないで、走ったり、テニスしたりできるようになりました。また、このウエアの関係でマラソンランナーの方と知り合い、身近なものになりました。

この歳になっても新しい出会いや発見があり、自分を少しでも変えていけるというのがわかったことが最大の成果です。(優等生的発言。恥ずかしいですが書いてしまいました。)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年11月 6日 (月)

完走②

スタート061105marathon_008は午前9時。

スタート地点には仕事でお世話になっている方数人が来てくれました。約4000人の参加者です。1時間毎の予想タイム順にスタート地点に並びます。当然私は後ろのほう、5時間(一番後ろ)のところにならんだので、スタートラインを通過するのに数分かかります。周りの参加者はマラソンを舐めているとしか思えない人もたくさんいて安心しました。狭いコースを大勢が走るので、最初のうちは走りにくかったです。また、自分のペースがわかりません。一人で走るより楽に走れていたので、ペースをキープできました。

周りの人に声をかけて、同じくらいの目標タイムの人とペースを合わせる人もいました。往路はゴールから離れていくので精神的に辛いです。

中間点は目標通り2時間半。ここからはしんどくなったら歩こうと思っていましたが、ペースを落としながらも走ります。25キロ地点位では、足は大丈夫だったのですが、ただ、足を交互に動かし続けるという行為に気持ちがめげそうになります。それでもなんとか走っていると予想外のところが痛くなってきました。膝の上、内側の筋肉です。攣りそうになったので歩くことにしました。無理して歩くことも出来なくなったら嫌だったからです。30キロを過ぎると、しゃがみこんだり、芝生で大の字になったりする人が目に付きます。歩くことで足が楽になったら走る、というのを繰り返し、ラスト1キロはなんとか走ってゴールできました。

当初の目標は、もしかしたら5時間切れるかも、でも無理そうだから、6時間で走ればOK、というものでした。5時間41分は合格点だと思います。このマラソンは8時間が制限時間ですが、これは珍しく、長いものでも制限時間6時間という大会が多いようです。6時間以内で走れれば、大会参加の幅が少し広がります。

マラソンは「根気」です。練習もレースも一歩一歩前に進むしかありません。その単調さにどれだけ耐えられるかが勝負です。自分の身体の状態を認識して冷静になることも必要のようです。単調さに耐えられずオーバーペースで走ると歩くこともできなくなります。

楽しく、貴重な経験でした。今は階段を下りるのが辛いほどの筋肉痛です。夜中も痛みで目が覚めてしまいました。

| | コメント (3) | トラックバック (0)

2006年11月 5日 (日)

完走

第10回大阪・淀川市民マラソン

フルマラソンの部

5時間41分57秒

順位:1607位  総合順位 1830位

なんとか無事完走しました。

スタート地点、中間点に応援に来てくれた山ちゃん、Oさん、Mさん、Kさん、ありがとうございました。完走後のメールうれしかったです。

5時間を超えた分くらいが歩いた時間かもしれません。

しんどいので詳しくは後日。

061105marathon_019

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2006年11月 4日 (土)

いよいよ明日

フルマラソン挑戦。いよいよ明日となりました。

テリーさん、720さん、Full-ringさんコメントありがとうございます。

>720さん

いまごろはハーフマラソン走っているのでしょうね。無事の完走をお祈りしています。頑張りすぎるなよ!

| | コメント (0) | トラックバック (0)

父親たちの星条旗

クリント・イーストウッド監督  スピルバーグ製作

Main1

原作は「硫黄島の星条旗」。摺鉢山に星条旗をかかげる6人の生い立ち、硫黄島での戦闘、生き残った3人のその後について丁寧に書かれたものです。600ページ近くあります。映画はこれを2時間にしているので、ストーリーを追うのが辛いかもしれません。原作を先に読んでいたので良かったです。特に彼らの心情については予備知識無しに映画だけで理解するのは難しかったでしょう。

戦闘シーンはリアルに再現されていて見事でしたが、スクリーンの中には収めるには無理だったのかもしれません。文章で読んだほうが悲惨さが伝わってきたような気がします。首がとんだり、内臓がはみ出たりしているシーンが挿入されていますが、映画で見せるには限度があります。実際はすべてが映画では見せられないような地獄絵だったはずです。

「硫黄島からの手紙」も見に行くつもりです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年11月 1日 (水)

あと4日

フルマラソンまであと4日。

コンディションは上々。でも走りきれるかは大いに不安。

061030_232801

| | コメント (3) | トラックバック (0)

06029.硫黄島の星条旗

ジェイムズ・ブラッドリー  ロン・パワーズ  島田三蔵 訳

文春文庫Bk93

クリント・イーストウッド監督作品「父親たちの星条旗」の原作

「硫黄島からの手紙」は日本軍の物語。近日公開されるそうです。

第2次世界大戦における硫黄島での戦いで摺鉢山に星条旗をかかげる海兵隊員の写真。「世界で最も美しい戦争写真」と言われているそうです。その写真に写っている6人の兵士達の物語、ドキュメントです。

硫黄島はサイパンと東京の中間にあります。アメリカ軍と日本軍の戦いは1ヶ月続きました。島の形が変わってしまったと言われるほどのアメリカの攻撃に日本軍は洞窟陣地で頑強に抵抗しました。日本軍は2万1千人、アメリカ軍は2万6千人もの死傷者を出しました。ここでのアメリカ軍の勝利が日本本土への空襲、原爆の投下を可能にした、太平洋戦争の帰趨を決める重要な転換点になりました。

私は全く知らなかったのですが、硫黄島の星条旗の写真は、アメリカでは大きな話題になり、そこに写っていた6人のうち生き残った3人は英雄扱いで、戦時国債の募集に利用されたそうです。

この6人を丁寧に取材したドキュメントです。

皆、ごく普通のアメリカの若者達。決してこの6人だけが英雄だったわけではありません。死にたくも殺したくもなかったのです。しかし、生き残った3人は地獄のような戦場から帰還した後は戦争のための資金集めをしなければなりませんでした。それぞれの心中に葛藤を抱えてその後の人生を過ごします。

兵士を英雄として扱ったドキュメントではありません。あくまでも普通の若者達と家族の物語です。読んでいて辛くなるばかりでした。でも、戦争の悲惨さを私達は知って、二度とこの過ちを犯すことのないようにするべきだという思いをますます強くしました。

誰も幸せになってないんです。この戦争で。

今の北朝鮮問題。日本が太平洋戦争の泥沼に嵌った時と状況が似ています。なぜあの大統領は戦争ありきでしか物事を考えないのでしょう。それに同調する日本の政治家の最近の発言にも恐くなります。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

« 2006年10月 | トップページ | 2006年12月 »