2019年5月23日 (木)

19014. 『憲法についていま私が考えること』 日本ペンクラブ

『憲法についていま私が考えること』 日本ペンクラブ

 元号が「令和」になりました。その少し前に私は還暦を迎えました。
還暦について大きな感慨はありません。私にとって30歳の誕生日の方が衝撃的でした。自分が30歳を迎えられるとは思っていなかった、いや、30歳になる自分を想像できていなかったからだと思います。
歳をとるのは何となく嫌だったので30歳以降、私は歳を減らすことにしました。今年私は零歳になりました。
この30年間がちょうど「平成」に重なります。
だからといって、「平成」に何か思い入れがあるわけではありません。そして、自分が還暦になり元号が「令和」になっても、それが私に何か影響を及ぼすこともありません。「それがどうした」って感じです。

萬葉集に関連する学会を聴講したことがあります。取材の立会い。仕事でした。
発表の内容が理解できません。萬葉集に興味のない私には、枝葉末節、マニアックなお話をしているとしか感じられません。
中西進先生が同じ発表を聞かれていました。発表者に対して優しく講評されます。その鋭い突っ込みを聞いて、発表の内容がやっとわかった気がしました。優れた学者さんとはこういうことなんですね。
中西先生は、「令和」の考案者であるといわれています。ご本人は否定なさっていますが。
新元号には、その決定過程や発表後の首相談話に胡散臭さを感じていましたが、中西先生のコメントにより、許容できました。

前置きが長くなりましたが、『憲法についていま私が考えること』読了です。
中西先生は「令和」の意味について講演された中で、現代の宰相に平和憲法を尊重するよう求めたそうです。その記事中に、中西先生がこの本に寄稿しているとありました。ちょうど、憲法記念日。Kindleポチって読みました。

中西先生は、「象徴天皇は巨大な日本の良心であると心底思っている。」と、「無礼な言だが」と前置きし仰っています。僭越ながら私も同感です。そして、非礼を承知ながら申し上げると、「象徴天皇は日本人のゆとり」だとも思っています。そのゆとりを戴いていることが日本人の誇りであるとも。

象徴天皇について規定されているのが現在の日本国憲法です。
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条には戦争放棄、戦力の不保持・交戦権の否認が規定されています。
この条文があるからこそ、日本は戦後70年間諸外国と付き合うことができたのだと思います。
その憲法を変えようとする動きがあります。

この本のタイトルは『憲法についていま私が考えること』ですが、安倍首相を代表とする自民党を中心とした改憲派の方の寄稿は一切ありません。ほとんどが9条についてその理念を変えるべきではないと考えている方の文章です。どの文章も私にとっては賛同できるもの、理論的にも、感情的にも納得できるものばかりです。

憲法は、国民が可能な限り幸せに暮らすために最低限守るべきことが書かれているものだと私は理解しています。国を運営する立場の組織、人々に対する逸脱行為を禁止するというのは近代以降の立憲主義の共通原理であり常識であると吉岡忍さんは書いています。

私は現在の安倍首相を代表とする自民党の改憲案には一切賛成できません。
国を運営する立場にある人や組織が憲法を変えるべきだと言い出すのは立憲主義の否定だと思うのです。権力者が自分たちを縛るべきものを変えようとすることには胡散臭さしか感じられません。極論かもしれませんが、日本の総理大臣に改憲を言い出す権利はないと思っています。特に今の政権には国民の総意としての改憲という考え方があるとは思えないのです。

安倍首相にお願いです。もしあなたが日本の未来のため、国民全体の幸せのためには改憲が絶対に必要だと真剣に思い、それを使命だと思っているなら。総理大臣を辞めてください。一切の公職につかないでください。そして、憲法改正の内容と理念を明確にしてマニフェストのトップに掲げ、一議員として立候補してください。自民党議員皆さんも同様にお願いします。改憲を唱える人は入閣しないでください。そうして当選したら同じ意見を持つ国民の代表として、一議員の立場で改憲の発議をお願いします。
現在の日本国憲法は、成り立ちがどうであれ(私は間違っているとは思っていません)国民の総意として存在しますが、安倍さん、あなたが総理大臣であることは国民の総意ではありません。


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2019年5月20日 (月)

19019. 『闇夜の底で踊れ』 増島拓哉

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    『闇夜の底で踊れ』 増島拓哉

 

娘は今春大学に入学して、どのサークルに入るのか迷っています。
「司法試験研究会」には入会しました。法律の勉強はまだ始めたばかりで何を質問すればいいのか分からないので、本格的に参加できるのはまだ先になりそうです。

「グリークラブ」は雰囲気良かったけれど、入部の時期を逸してしまった。「グリー」は娘の通う大学随一の名門クラブ。男声合唱だけど最近女子部も出来たみたい。でも、娘は音痴なのでマネージャーになろうかと思っていたそうです。

「ディベート部」に入ると唯一の女子部員になってしまうし、部員少なくて廃部寸前。苦労しそうだし、サークルに入る最大の目的である友達作りが実現できない。この「ディベート部」は、私が勤めていた会社の後輩が創設者らしいです。世の中狭いです。

「ミステリ研究会」が最後の候補。これはモロ私の影響でしょうか。なかなか活動に出会えなくて、連休明けにやっとお試し参加。

で、増島拓哉さんです。この「ミス研」に所属しています。娘と同じ法学部の先輩。『闇夜の底で踊れ』は、「第31回小説すばる新人賞」受賞作です。
娘からの興奮した報告。彼女曰く、
「パパの好きなハードボイルド系で私の好みじゃなさそうだけど」
ということで早速購入。Kindleにダウンロード。一気読み。

主人公は30代半ばの元やくざ。パチンコ依存症のフリーター。ソープ嬢に入れ揚げた挙句再び暴力団とつきあうことになる。
救いようのない残酷なお話なのですが、登場人物の会話が絶妙に楽しく悲壮感なし。花村萬月さん(第2回小説すばる新人賞受賞)の『ブルース』などの初期作品と浅田次郎さんの『プリズンホテルシリーズ』を貪り読んだことを思い出しました。
このお二方は、それぞれ社会経験を積んでデビューしていますが、増島さんはまだ19歳。パチンコもソープもダメな筈ですが、それを感じさせない筆致、描写力。唸らされ、時折ジェラシーを感じながらの一気読みでした。

パチンコはネット動画を見て研究し書いたそうです。彼の才能は凄いと思いますが、花村さんや浅田さんのように人生経験に基づかず、バーチャルな経験だけで優れた小説を書くことができてしまう。えらい時代なったものです。才能さえあれば何でも書けてしまう時代とも言えるでしょうか。人生経験がないから、前出のお二人のような文章の深みが足りない、なんて思うのは爺の僻みですかね。作者のバックボーンを知らないで読んだら決して感じなかったと思うから。

とにかく、とても面白い私好みの作品で今後が楽しみな作家です。

さて、娘はミステリ研究会に入るのでしょうか。

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2019年1月 1日 (火)

2019年、明けましておめでとうございます。

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2019
年、明けましておめでとうございます。
いよいよ還暦を迎えます。
本来なら、今年定年の予定でしたが、予想外の展開で早めに仕事をやめてしまい、あっという間に5年経ってしまいました。
自分に何ができるのか、するべきなのか、いろいろ考えました。
結果、「テニス」と「本」に私なりのアプローチをしていくことにしました。
つまり、これまでとあまり変わることなくボチボチ生きていくことになります。

昨年は、日本テニス協会広報委員として、デビスカップ、フェドカップだけでなく、全日本ジュニア、全日本選手権もお手伝いさせていただきました。トーナメント全日程に係るのは、学生テニス連盟の役員だった学生時代以来ほぼ40年ぶりのことでした。
日本のテニス界の現状に少しだけですが触れることができました。
懐かしい先輩、同期、後輩との再会もありました。
そして、テニスが私の人生に大きな影響を及ぼしていることをあらためて感じました。

ジュニアの頃に指導していただいた方々のほとんどが、ボランティアだったと思います。素晴らしい方ばかりで、今思えばとても贅沢なことでした。
高校時代はチームメイト、パートナーと当時大学生だった先輩のコーチに恵まれ、世間知らずの生意気で迷惑ばかりかけていた私もインターハイに出場できました。
私のテニス人生最大の華です。
そのおかげで大学に進学できて、そこでも素敵な仲間や先輩に出会いました。

今、私がテニスを続けていることが、今まで出会った皆様へのせめてもの恩返しだと思っています。そして、これからも私なりにテニスの素晴らしさを出来るだけ沢山の人に伝えていきたいと思います。

本年も、そしてその先も、どうかよろしくお願い申し上げます。

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2018年12月 2日 (日)

18017.『空に向かってかっ飛ばせ!』 筒香嘉智

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18017.『空に向かってかっ飛ばせ!』 筒香嘉智


もともと阪神タイガースファンだった私ですが、最近の野球にはほとんど興味がなくなりました。特に高校野球は昔から嫌いです。
我が高校では地区大会一回戦も勝てないどころか、ある年には部員が足らず参加もできなかった弱小野球部には合宿が認められ、インターハイ出場した我らテニス部やほかすべての運動部には認められていませんでした。別に合宿なんてしたくなかったけど理不尽だと思いました。なんで野球部だけが特別扱いなんだ。

乳母車の娘と散歩していた公園のグランドで練習していた少年野球チーム。咥え煙草でノックをしながら選手たちに罵声を浴びせている大人。悲しくて忘れられない光景です。親は何を考えてそのチームに子供を参加させていたのでしょう。子供たちが可哀そうでした。20年近く前のことです。

「野球」に根付く「根性」とか「気力」とか「努力」というイメージがなんとなく胡散臭いものだと感じていたのが、好きになれない理由だと思います。

野茂さん以降、大リーグに挑戦した選手たちはそんな「野球」より「ベースボール」というスポーツをしたいと思ったのではないでしょうか。イチローさんや大谷さんなど、皆さん「アスリート」と呼ぶにふさわしいと感じます。一見グローバル化している「野球」ですが、旧態依然としたものが蔓延っているみたいです。
最近ではさすがに咥え煙草はないだろうけど、厳しい言葉で叱責することを「指導」だと勘違いしている大人はまだまだいるようです。そして、そのことが少年野球人口の減少の一因であると筒香選手も考えています。

私はこの類の本はあまり読まないのですが、「勝利至上主義が子供の将来を奪う」など、野球界の現状を憂い、慣習としか思えない古い考え方からの脱却を提言していると思われる目次を見て、思わずKindleをポチってしまいました。

筒香選手は、私の現在の地元にある少年野球チームの出身です。彼は理解ある良い指導者に恵まれて現在の自分があると書いています。そして、子どもの将来を見据えたチームやリーグの運営に携わっています。その考え方は合理的だと思うし共感できます。陰りがあるといえども、日本第二の国技とも言われる野球です。より良い方向に向かって欲しいと思います。


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2018年5月24日 (木)

日大アメフト部関連の記者会見を見て思うこと

日大アメフト部関連の記者会見。選手の記者会見を見て思ったことを書こうと思っていたら、いきなり監督、コーチが記者会見した。巷にあふれる論評のほぼすべてが、選手の記者会見は素晴らしく、監督、コーチのものは最低レベルであるというもの。

私も世の論評に同意。監督、コーチの会見では、発言の度に彼らが指導者として能力に欠けていると思わせるばかり。しかも、司会者の仕切りは、アメフト部だけでなく日大広報も無能であると証明してしまいました。日大には危機管理学部があるようですが、受験生にはおすすめできませんね。

思うのは、私は幸せであったということ。

50年近くテニスをしています。高校、大学では体育会に所属していました。
小学生で初めてコートに立って以来、出会い、指導していただいた方はすべて素晴らしい方ばかりでした。
選手として素晴らしい実績を持ちながら、ボランティアで。世間を知らず、生意気で、体力もなく、技術も未熟な私を見放さず相手をしてくださいました。怒られたり、感情的に何かを言われたという記憶はありません。

何よりも、私に50年間もテニスを続けさせてくれたことに感謝しています。

テニスを通じて知り合い、受け入れてくれた皆さんのおかげで、私はこれまで生きてこられました。いや、ホントに。大袈裟でなく本気でそう思っています。

今回のアメフト問題。日大指導者の最大の罪は、選手がアメフトを続けられなくなってしまったことだと思います。

ジュニアや学生スポーツの指導における最大の目標は、その競技を好きになり、一生続けられる環境を作ることだと思います。どんなスポーツでも、上手くなった方が楽しいし、勝てば嬉しい。負ければ悔しい。でも、勝者が存在するには敗者が必要です。どんな競技でも、お互いのリスペクトがなければ成り立ちません。だって、最終的な勝者はただ一人。他はすべて敗者。勝たなければ意味がないことになれば、ほとんどの人が競技をする意味がなくなってしまうじゃないですか。勝利至上主義はありえないのです。

テニスのチャンピオンスピーチは、対戦相手を称えることから始まります。そして関わった方々へ感謝します。日大指導者の一連の発言には、敬意や感謝が全く感じられません。彼らが指導するチームが学生アメフトの頂点にいるということが残念でなりません。アメフト競技全体が大きなダメージをうけた事件だと思いますが、関学他、真剣に真面目に取り組んでいるチームの皆さんには、頑張って良いプレーを見せてもらいたいと思います。

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2018年5月22日 (火)

体育会のくだらない慣習

日大アメフト部事件は、タックルされた関学選手が被害届を提出、タックルした日大選手本人が記者会見という最悪の展開になりました。日大内田監督の言動に納得できないことからの対応のようです。

内田監督は自身が反則を指示したかどうかについては明言しませんでした。非難される最大の理由はここですが、相手校の学校名を間違えていたというのも大きく非難的に報道されています。

私も一応、大学体育会出身です。体育会の常識としてライバル校の校名を間違えることはあり得ません。この一点だけでも、私はこの監督を信用することはできないのです。

テニスは完全に個人競技ですが、団体戦も行われます。強い選手から順番に対戦して勝敗を競います。対戦前にオーダーを交換するのですが、これが大層で大変でした。奉書紙に墨書きで、自校の選手名を書きます。ここで相手校の正式名称を間違えると大変なことになります。対戦を拒否されても仕方がないほどの事態となるのです。

部の正式名称というのも曲者なのです。名門慶応は「慶応義塾体育会庭球部」だったと思います。「慶応」の後に「大学」が入らないのです。当時はほとんどが「庭球部」でしたが、「テニス部」のところとか、「硬式」が入る、入らないとか。必ず、相手校に確認して、試合の前日には大騒ぎしながら、厳粛にオーダーを書いていました。くだらない、無駄な慣習かもしれません。今ではこんなことしていないですよね。決められたフォーマットに記入しているのだと思います。もしかしたら早慶戦くらいはやっているかな。

この奉書紙のオーダーには、対戦を大切に思う気持ちと相手校へのリスペクトが込められていたのだと思います。オーダー交換の方法が変わったとしても、この気持ちは忘れてはいけないと思います。大仰なオーダー交換は残してもいい体育会的慣習だったかもしれません。本質を忘れなければ。

こんな時代に体育会を経験した、決して真面目ではなく、練習はサボりまくっていた、体育会嫌いの私でさえ、相手校の正式名称を間違える奴なんて信じられません。

体育会体質の中に、上級生、OB、指導者に絶対服従があるようです。悪しき慣習ですよね。「絶対」に「服従」なんて論外。お互いがお互いを理解して、同じ目的に対して邁進するのが真の体育会体質だと思います。指導者は信用、信頼、尊敬されてこそ指導者です。

スポーツの世界では勝者はただ一人。他はすべて敗者となります。敗者がいなければ勝者は存在できません。特に大学スポーツにおいては「勝利至上主義」はあり得ないと思います。

日大アメフト部が「勝利至上主義」のために、選手に「絶対服従」を強いて起こってしまった、としか思えないこの事件は、アメフトだけでなく大学体育会全体を貶めるものだと思います。

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2018年5月21日 (月)

日大アメフト部の事件

国民的事件となってしまった「関学VS日大 アメフト定期戦における違法タックル事件」。日大の内田監督がやっと姿を現し、関学関係者に謝罪して辞任を表明しました。内田監督はさぞ悔しい思いをしているでしょうね。

「なんで私がこれだけ非難されてマスコミに血祭りにされて辞めなくてはいけないのか」
と。

「あそこまで露骨な反則なんて指示していない。ばれない様にギリギリのところでやるのが当たり前だろ。へたくそで馬鹿な選手のせいで私のキャリアは無茶苦茶だ。」
「私は監督という絶対権力者だ。私の思いを忖度し、私に責任が及ばないよう上手くやるのが選手の使命だ。」
なんて思っているとしか思えないこれまでの経過と彼の態度。
そして何も動かない日本大学本体。

内田監督が悔しい思いをするのも仕方ないかもしれません。だって、この国では、最高権力者に忖度して違法行為ともいえることまでするのが当たり前。上からの指示はなかったとさえ言えばそれで終わり。事の顛末は明らかにする必要がないのですから。

内田監督は、潔さを感じさせたいのか
「すべては私の責任。弁解もしない。」
とは言いながら、反則を指示したことは明らかにしていないし、選手を擁護する言葉もなかったようです。24日までに文書で関学側に明らかにするとは言っていますが、期待できないように思います。

誰もが思っていると思いますが、顛末を明らかにして、内田監督にはすべての指導的立場から消えてほしいと思います。

それにしても、今回の騒動では、ほとんど日大サイドを擁護するコメントが見られませんね。

最近の日本では、最高責任者が明確な指示をしているかどうかだけが問題となり、物事の本質を忘れてしまうという風潮がまかり通っています。

高く買うところがあったにもかかわらすそれを安すぎるとことわりながら、権力者が関係しているところに国有地をただ同然で売る。権力者の友人には有利な条件で権利を認可する。立場を利用して相手を怖がらせ、不愉快な思いをさせた役人を法に触れていないと擁護する。すべてが、誰かの指示があろうとなかろうと、行われたこと自体が異常で間違ったことであるにもかかわらず、最高責任は自分の責任ではないと逃げるばかり。周辺は彼を守りことの顛末を明らかにしない。

そんな政治を異常だと思わないで現政権を支持する人がまだ3割もいるこの国のおかしさ。政権を非難する人々に対する誹謗中傷の多さ。であれば、日大アメフト部監督を擁護する人が出るとは思いきや、ほぼ沈黙。日本全体が日大を非難。

このアメフトの問題と同じように、いま日本の政治で何が行われているのか考えなくてはいけないと思います。たかがスポーツの問題で政治と一緒にするな、なんて言わないで欲しいな。



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2018年5月 4日 (金)

憲法記念日

どちらかというと私は護憲派です。今の憲法で70年間やってきて憲法のせいで私に大きな不利益を被ったことがないので、わざわざ変えることないじゃんという程度の護憲です。今以上に世界平和に貢献できて、日本国民が皆もっと幸せに暮らせるようになるのなら変えてもいいと思います。

自民党安倍政権の改憲については、絶対に反対です。改憲の理由やその根拠が意味不明。立憲主義を全く理解していない、または否定しているとしか思えないからです。

自民党憲法改正推進本部発行の『漫画政策パンフレット』を読んでみました。
「その1.なぜ憲法を改正するの?」での改憲理由は、戦争に敗けて戦勝国に押し付けられたものが70年も変わっていなくて、「敗戦国 日本」のままで、「うちのルールを隣の家の人に口出しされているみたいなものじゃない!!」ということのようです。

1945年、日本はポツダム宣言を受諾しました。
現在の憲法がすべて戦勝国の押し付けだったどうかは諸説ありますが、朝鮮戦争やベトナム戦争に派兵することなく復興を遂げたことに、憲法が影響していたことは間違いないと思います。そして、日本はいまだにまぎれもない敗戦国です。世界貿易取引へは事実上参加を許されているだけだし、占領軍は撤退しているように見えるものの、米軍基地や制空権の状況をみると影響が無くなったとは言えないと思います。ルールの押し付けといえば憲法よりも、日米地位協定の見直しなどのほうが敗戦国からの脱却には必要なことだと思います。無責任な軍国主義が世界からなくなり、平和、安全、正義の秩序が実現されるまでは、日本は永久に敗戦国です。その実現のために日本は武力によらず貢献しなければいけないと思います。

日本国憲法は解釈による運用の余地が多く、それが70年間変わらなかった大きな理由だと思います。この漫画に描かれている、「現行憲法が今の時代とかけ離れている。」というのは、あてはまらないと思います。

ということで、この漫画に描かれている憲法を変えなくてはいけないという根拠は、私には納得できるものではありません。

と、ここまで書いたところで憲法に関するテレビ番組が始まりました。
「アメリカが日本に改憲を望んでいた。」「当時の政権、もちろん自民党、の憲法調査会がアメリカに押し付けられた憲法と言い切ることはできないとして、憲法を変えることを棚上げする報告書を提出していた。」
という内容です。
日本国憲法が他国の押し付けである主張するならば、当時の報告書について再検証してからにすべきだと思います。自民党の改憲に関する最大の根拠が否定されています。

憲法が変わってどうなるかについては、書き方がとても巧妙だけど結局は有事の際にそれが有事かどうかを決めることも含めて政権の判断に委ねられ、主権を制限できるようにするってことのようです。

国民投票については、憲法改正の回数が多い国を引き合いに出して、一度も変えていないのはおかしいと書かれています。外国からの押し付けだから変えようと言っているのに、何回も変えている国があるから日本も変えるべきというのはなんとも矛盾しているのではないでしょうか。この件についても、あるテレビ番組でわかり易い説明をしていました。どの国も確実に変える必要があったから変えているのだそうです。

この漫画の結論的なものは、「憲法は国の形を定め国を変えていくもの。敗戦した日本にGHQが与えた憲法のままではいつまで経っても日本は敗戦国のまま。」

憲法は国家の権力を制限し、個人の権利を保障するものです。自民党の改憲に関する主張の根本が違うと思います。

護憲派というと、現在の憲法を全く変えたくないと主張する思考が停止して人のように言う人がいます。世論調査の項目は、変える必要があると思うか有無だけを聞いているものが多いようです。必要の有無が拮抗していて、それ以上に多いのが「どちらともいえない」というのが直近の傾向のようです。どちらも、改憲の内容によって変わってきますよね。護憲派のほとんどは、一言一句このまま変えるべきではないとは思っていないと思います。現政権での改憲については反対が過半数を超えているみたいですね。現政権は改憲の発議の前にまともな議論ができる状況にするべきではないでしょうか。

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2017年12月17日 (日)

大阪女学院のクリスマス礼拝2017

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 今年も娘の通う学校の公開クリスマス礼拝に行ってきました。娘の入学前、2012年以来毎年心洗われる時間を過ごさせていただいています。
 娘はずっと裏方で照明を担当しています。期末試験が終わると毎日練習。本番前の緊張している様子は見ていてハラハラしました。聖歌隊やハンドベルの皆さん、ページェントを演じた皆さんも大変だったと思います。今年も完ぺきでした。
 娘も今年は高校2年生。スタッフとして参加するのは最後になってしまいました。実際の操作は後輩に任せて裏方の裏方にまわったようです。それでも終わった後は達成感と解放感から明るい涙を流したようです。心から「お疲れ様」と言いたいと思います。
 とにかく素晴らしい礼拝です。過去にもブログを書いているので、内容についてはこちらを読んでみてください。
 2012ブログ「公開クリスマス
 2013ブログ「入学公開クリスマス
 
 素晴らしい礼拝でしたが、今年はとても残念に思うこともありました。私たちの後方に小さなお子様を連れた方が二組いらしたようで、礼拝の最中ずっとその子供の声にイライラさせられたのです。やっと言葉を覚えたくらいの子供が、本番中ずっと声を出していました。周りの方も気になっていらしたと思います。腹立ちを抑えることに気を取られて、礼拝に集中することができませんでした。
 
公共の場における子供の扱いについてはいろいろ議論のあるところではあります。私はどちらかというと容認派だと思っています。幼稚園や保育園を騒音公害だと排除する人がいることには怒りを覚えます。公共交通機関でのベビーカーは排除されるべきではなく、むしろもっと利用しやすくする必要があると思っています。赤ちゃんは泣くものだから、うるさいと怒鳴ることもしません。むしろかわいいと思います。人ごみの中は子供にとって居心地のいい場所であるわけがなく、連れ出されるのはかわいそうです。泣くのも仕方ないと思っています。
 しかし、周りで迷惑に思う人がいるのも確かです。迷惑をかけて申し訳なさそうにしている親御さんのこともかわいそうに思います。ただ、無神経な親の態度に腹が立つこともあります。
 さて、今回のケースです。礼拝に就学前の子供連れで参加することに必然性はあるのでしょうか。上の娘さんが何らかの形で礼拝に関わっているので下の子も連れて見たいという気持ちはよくわかります。しかし、お祈りやページェント、聖歌、ハンドベルの演奏などの邪魔をしてしまっては、お姉さんにとっても迷惑ではないでしょうか。お子さんにとっても楽しい場所であるはずもなくかわいそうだと思います。私だったら残念と思いつつもまず連れて行かないし、もし行ったとしても確実に子供を連れて退席していたと思います。
 とても腹が立ったので、本番終わりで当人のところに行って、私は迷惑だと思い腹が立ったと言ったのですが、驚いたことに親御さんは全く周りに迷惑をかけたとは思っていないようでした。私が怖い顔をしていることにキョトンとしているようでした。

 在校生の親としては来年が最後のクリスマスです。来年は嫌な思いしたくないです。公開クリスマスへの未就学児の入場を制限するよう学校に申し入れしようかな
悩むところであります。

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2017年12月13日 (水)

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『フロスト始末〈上〉〈下〉』

(創元推理文庫) 文庫 – 2017/6/30

RD・ウィングフィールド (),‎ 芹澤 恵 (翻訳)

 身なりには一切気を使わず、髭を剃るのも最低限、指についた食べ物の汚れは服で拭き、ところかまわず煙草を吸い灰をまき散らし、口から出るのは天才的超下品な放送禁止用語。上司の説教は聞き流し、命令は適当に受け流し、詰問されたらはぐらかす。捜査方針は勘違いで失敗ばかり、現場ではいやいやながら汚物と罵詈雑言にまみれながら、犯人逮捕には手段選ばす、自分の地位、立場だけでなく命まで危険にさらす。
 そんなフロスト警部みたいな人に私はなりたい。でも、品行方正真面目一方の私に無理。若くない不摂生に祟られた身体に鞭打ちながらのセクハラおやじの活躍を楽しむしかない。
 楽しませていただいたこのシリーズもこれで終わり。読み終わるのがもったいなくて積読していたのですが、ついに読了。寒い日に暖かい部屋でじっくり読むのがこのシリーズの正しい読み方だと思います。フロスト警部の下品さを噛みしめながらゆっくり読むつもりがついついどんどん読まされてしまいました。
 無神経なようで、亡き妻のことをうじうじ思い悩み、子どもを狙った犯罪に怒り、若い婦人警官を思いやり、同僚や部下への気遣いもあり。こんなフロスト警部にもう会えないなんてとても残念。
 いうことなしの今年ナンバーワン作品。

内容(「BOOK」データベースより)
<上>
今宵も人手不足のデントン署において、運悪く署に居合わせたフロスト警部は、強姦・脅迫・失踪と、次々起こる厄介な事件をまとめて担当させられる。警部がそれらの捜査に追われている裏で、マレット署長は新たに着任したスキナー主任警部と組み、フロストをよその署に異動させようと企んでいた…。史上最大のピンチに陥った警部の苦闘を描く、超人気警察小説シリーズ最終作。
<下>
マレット署長とスキナー主任警部の差し金により、デントン署を去る日が刻一刻と迫るなか、フロスト警部が抱える未解決事件の数は、一向に減る気配を見せない。疲れた身体に鞭打ち、わずかな部下を率いて捜査の指揮を執る警部に、異動を回避する妙案が浮かぶはずもない。法律を無視し、犯人との大立ち回りまで演じる、いつも以上に破れかぶれなフロストが最後につける始末とは?

著者略歴 (BOOK著者紹介情報」より)
ウィングフィールド,R.D.
1928
年イギリス、ロンドンに生まれる。石油会社に勤務するかたわら執筆を始め、68年にラジオドラマの放送作家としてデビュー。72年に小説第一作『クリスマスのフロスト』を執筆するも、カナダの出版社から刊行されたのは84年のことである。同書が評判となり、シリーズ第二作『フロスト日和』刊行後に作家専業となる
芹澤/
成蹊大学文学部卒業。英米文学翻訳家(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)

登録情報
文庫:<上> 453ページ  <下> 408ページ
出版社: 東京創元社 (2017/6/30)
言語: 日本語
ISBN-10: 4488291082
  4488291090
ISBN-13: 978-4488291082
  4488291099
発売日: 2017/6/30
梱包サイズ: 14.8 x 10.6 x 2 cm





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