2019年7月14日 (日)

Wimbledon 2019 女子シングルス決勝

https://www.wimbledon.com/en_GB/scores/stats/2701.html

今年のウインブルドン女子シングルスの決勝は、ルーマニアのシモナ・ハレプ選手がセレナ・ウイリアム選手を6-2 6-2という圧倒的なスコアで破って優勝しました。
この試合、実はテレビ観戦するのを躊躇したんですよ。ハレプ選手は好きな選手の一人です。以前、何かの大会(多分グランドスラム、フレンチオープンだったと思います。)で、自分の試合が終わった後に男子の試合をまるで一般の観客のように私服で観戦していた姿がとてもキュートに思えたのです。素晴らしいコートカバーリングでボールを追う姿も好感が持てます。
対するセレナ・ウイリアム選手は好みではありません。だって、強すぎるから。恵まれた体格から繰り出す強烈なサーブ、ストローク。しかも技術的にも上手い。私にとっては完全にヒール(悪役)です。私は元々判官贔屓的なところがあって強すぎる選手は好きではありません。それが、昨年の大阪選手とのUSオープン決勝での顛末に、セレナ選手のことを見たくないほど嫌いになってしまいました。あれほどに賞賛、尊敬され成功した選手が、自分の感情をコントロールできなくなり、終いには自分の負けを審判のせいにしてジェンダー差別まで持ち出したのは絶対許されないことだったのです。
テレビ観戦を躊躇したのは、そんなセレナ選手にハレプ選手がやられてしまうのを見たくないからでした。そう、セレナ選手が勝つと思っていたのです。
蓋を開けてみれば、ハレプ選手の一方的勝利。願望はあったものの全くの予想外。嬉しい結果でした。

試合を分析するのにこんなにわかりやすいスタッツはありませんね。
ハレプ選手のアンフォーストエラーはたったの3。
対するセレナ選手は26。
ウイナーはセレナ選手17に対してハレプ選手は13。
当然のことながらこの差がそのまま獲得ポイントの差になっています。
確かに、セレナ選手は調子が悪かった。緊張していたのかもしれない。ストロークのフィーリングが合っていないように見えました。ただしそれはハレプ選手がそうさせたのだと思います。

試合中走った距離は、セレナ選手1043.1mに対してハレプ選手は1219.8m。1ポイントあたり2mも違います。ただ拾いまくるだけでなく、返球の技術も素晴らしかった。立ち上がりは早い展開。カウンターショットで肝心なポイントを取る。セレナ選手の最終兵器、バックサイドコーナーにギリギリ入る強烈なボールをもハレプ選手は攻略しました。ショートアングルでミスをさせ、ネットに出てくるところを足元に送ったりロブを上げたり。見事なフットワークとラケットワークでした。これがセレナ選手へのプレッシャーになりアンフォーストエラーが多くなったのだと思います。
ハレプ選手はセレナ選手のサーブも完全に見切っていました。一度はセンターへのサーブを早く動きすぎてオーバーランしてしまったほどです。セレナ選手のファーストサーブのエースは2本だけ、ポイント獲得率は59%。ハレプ選手は83%。
セカンドセット。ハレプ選手はセンターへ返球を多用しセレナ選手の角度をつけたボールを封じます。セレナ選手は無理して打ってミスするか、甘い球をカウンターで返されるか。結局最後までペースを掴めませんでした。
6-2,6-2.。試合時間56分のワンサイドゲーム。ハレプ選手の調子が良くて、セレナ選手は調子が悪くて実力を発揮できなかったように見えます。しかしそれはハレプ選手陣営のセレナ選手攻略への戦略がうまくいった結果だと思います。何よりもそれをやりとげたハレプ選手の精神力が素晴らしかったです。
セレナ選手には私にとってのヒールとしてこれからも活躍して欲しいと思います。次回は緊張感あふれるゲームを期待します。

ゲーム終了後のハレプ選手の姿もとてもチャーミングでした。
悩んだけど、この試合観て良かったです。

さて、今日は男子シングルスの決勝戦。天才フェデラー対スーパーアスリート、ジョコビッチ。良い試合になることは間違いなし。どちらの選手も好きなので気楽に観れます。楽しみです。

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2019年7月 3日 (水)

19015.『葬送の仕事師たち』


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『葬送の仕事師たち』
井上理津子

ここ数年の間に父、義父を見送りました。
父の葬儀では葬儀社の担当者がとても良いかたで、気持ち良く見送れました。

義父の葬儀では、残念なことに担当者の言動に妻がとても嫌な思いをしてしまいました。
棺の蓋を閉じる際、最後に担当者が長々とお別れを言ったのです。
最後に言葉をかけるのは、母親や自分たち娘であって欲しかった、赤の他人に白々しい言葉を長々とかけて欲しくなかったとの妻の思いです。
この担当者は事後の処理でもミスがあり、対処の仕方も酷くて、四十九日の法要では担当を外してもらいました。
その際、上司の方にお聞きしたのですが、その葬儀社では式の進行の細部は担当者の裁量に任せられているそうです。
喪主側の思いはそれぞれだと思うので、臨機応変な対応が必要です。義母や妻を含めた娘たちの思いを汲み取ってくれなかったのは残念だと思いつつ、難しくて大変な仕事だと感じました。

葬儀、法事には決まりごとがあります。娘が葬儀関係の仕事をしている身近にいる人に、なぜこうしないといけないの、と聞くと、昔からやっていることだからとの返答。
いや、つい最近まで土葬が多かったはず、火葬での儀式は昔からあったのではないと思う。
つい余計なことを言ってしまう私。

そんなこともあり、どこかの書評でこの本を知りKindleにダウンロードしていました。

登場する方は皆さん仕事に真摯に向き合っている方ばかりです。以前はボッタクリのひどい仕事してたとの懺悔もあります。人が嫌がることを仕事だし、いまだに差別的意識を持つ人も多いようです。
人間いつか死ぬし、死んじゃったら何もわからない。葬儀屋のコマーシャルじゃないけど、葬儀は残された人の為かもしれない。故人の思いを葬儀に込めて、残された人の良い思い出とする為の儀式だと。その為には生きている間の関係が大切なのだと思います。

難しいインタビューだったと思います。著者も気を使い、難しかったと書いているのですが、さらっとした気持ちで読み進めることができます。中盤以降で筆者が女性であることに気がつきました。『さいごの色街 飛田』の著者井上理津子さんでした。この方凄いです。

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2019年6月26日 (水)

砂入り人工芝コートの功罪

伊達公子さんの論文に関する記事を読んで思った事

https://number.bunshun.jp/articles/-/839777

論文自体を読んでいないので確かな事はいえませんが、記事によると伊達さんは砂入り人工芝を「世界での活躍を阻むコートサーフェス」と確信しているようです。私も同感です。

記事の中で、日本のテニスコートで砂入り人工芝のコートは50%とありますが、私の実感としてはもっと比率は高く、いまやほぼ全てといえるかもしれません。
この問題、伊達さんはプロ目線で問題提議しているようです。しかし、世界に通用するコートサーフェイス(現実的にはハードコート)の普及には別目線での考え方も必要だと思います。

テニスを楽しむ一般プレーヤーにとって砂入り人工芝が最適なのかという視点です。
特にベテランプレーヤー、その中でも選手経験のないプレーヤーにとって、砂入り人工芝は「足腰、特に膝に優しい」と思われていると感じます。本当に、砂入り人工芝のコートが足腰に対する負担が少なく、ハードコートでは故障が起きやすいのでしょうか。この検証が必要です。

現在のハードコートは昔ほど堅くはないと思います。以前のコンクリートのように堅いコートを想像されてしまうのも敬遠される理由の一つかもしれません。呼び方を変えるべきかもしれませんね。
私が15年ほど所属していたクラブは、ジュニア育成のため砂入り人工芝コートをハードコートに変えました。その結果、一般の会員数が激減しました。退会の理由のほとんどが、「ハードコートは膝に悪いから」でした。

私は砂入り人工芝は好きではありません。
何度か足首を捻挫しましたが、全てが砂入り人工芝でのプレー時です。
プレー時に転倒する事もしばしばです。私のフットワークが悪いと言われればそれまでですが。
トーナメントを観戦していても転倒する人が多いような気がします。
砂入り人工芝上での転倒における擦過傷は治りにくですよね。
砂の厚いところと薄いところでの足の滑り方が違うことが原因だと思います。

砂入り人工芝は楽しいテニスをするのに適したコートなのでしょうか。
ラケットの機能が向上して誰もがテニスを楽しめるようになりました。
当てればボールが飛ぶので相手コートに容易に返球できます。
砂入り人工芝のコートでは、ボールのスピードや回転の勢いが殺されるのでラリーが長く続きます。ベテランの一般プレーヤーの方の多くが、この「ラリーが長く続くこと」が、上達の証と思っているのではないでしょうか。
速い球を打っても返されるし、コースを狙っても追いつかれるし、トップスピンのボールは丁度良い高さにバウンドしてしまう。
アマチュアのトーナメントでは、かっこよく質の高い球を打っている方が結局は泥臭く返球する相手に負けてしまうことが多いように思います。
結局はスライス系のバウンドしない球をどれだけ打ち続けられるかが勝負になってしまいます。
元々、日本人は華々しいプレーよりも、我慢してミスをしないで勝つことをよしとする風潮があるように思います。砂入り人工芝コートは、この風潮にもマッチしているといえます。

テニスはラケットの進化により幼い子供からお年寄りまで誰もが楽しめる生涯スポーツになりました。公営のコートも充実しました。砂入り人工芝のコートはその普及に大きな役割を果たしました。その反面、ある部分テニスの楽しさを減らしてしまっているように思います。スピンをかけたり、速い球を打つ効果が正しく反映されるコートであれば、もっと多彩なプレーが楽しめます。これは、「世界での活躍を阻むコートサーフェス」からの脱却というだけでなく、ただ、ボールをつないでいるだけで満足している一般プレーヤーがさらにテニスを楽しめることにもつながると思います。

砂入り人工芝コート普及の最大の理由は、その管理が容易なこと。少々の雨でもプレーできることだと思います。ハードコートへの転換はこれを覆すほどの利点がないと難しいと思います。
そして、現在ではテニスコートの利用者最大のボリュームゾーンである年配者の理解が必要となります。

トッププレーヤー育成のための施設で、一般にも貸出するコートが、近隣対策のために砂入り人工芝コートになったと聞いたことがあります。この問題が起こった時に正しい説明で近隣住民を説得し、理解を得てハードコートにできていればその後の展開も大き変わったかもしれません。

日本のテニスコートのハードコートへの転換には、(クレーコートでもいいのですが現実的に無理だと思っています。)現在砂入り人工芝でプレーしている一般の利用者とってのハードコートの利点を正しくわかりやすく整理することが必要です。砂入り人工芝コートに満足しているしている一般プレヤー、特にお年寄りや女性の方に日本人選手が世界で活躍するために我慢を強いると思わせては実現できません。

具体的には、
・ハードコートと砂入り人工芝コートの身体への影響の違いの検証
・ハードコートでのテニスの楽しみ方の啓蒙活動
が、必要ではないでしょうか。

関係者のかたには「わかっちゃいるけど難しいだよね」って言われそうですが…。
身体への影響についてはすでに検証されているかもしれません。あれば読んでみたいと思います。
ご存知のかたあればお知らせください。

伊達さんの論文全文を読みたいです。CiNiiでは見つかりませんでした。

コートサーフェスの理想は、施工、メンテナンスが容易で少々の雨でもプレーできて、ボールのスピードや回転を程良く伝えられるものです。日本発の世界に認められる最適のコートサーフェイスが開発されるとベストですね。

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2019年5月23日 (木)

19014. 『憲法についていま私が考えること』 日本ペンクラブ

『憲法についていま私が考えること』 日本ペンクラブ

 元号が「令和」になりました。その少し前に私は還暦を迎えました。
還暦について大きな感慨はありません。私にとって30歳の誕生日の方が衝撃的でした。自分が30歳を迎えられるとは思っていなかった、いや、30歳になる自分を想像できていなかったからだと思います。
歳をとるのは何となく嫌だったので30歳以降、私は歳を減らすことにしました。今年私は零歳になりました。
この30年間がちょうど「平成」に重なります。
だからといって、「平成」に何か思い入れがあるわけではありません。そして、自分が還暦になり元号が「令和」になっても、それが私に何か影響を及ぼすこともありません。「それがどうした」って感じです。

萬葉集に関連する学会を聴講したことがあります。取材の立会い。仕事でした。
発表の内容が理解できません。萬葉集に興味のない私には、枝葉末節、マニアックなお話をしているとしか感じられません。
中西進先生が同じ発表を聞かれていました。発表者に対して優しく講評されます。その鋭い突っ込みを聞いて、発表の内容がやっとわかった気がしました。優れた学者さんとはこういうことなんですね。
中西先生は、「令和」の考案者であるといわれています。ご本人は否定なさっていますが。
新元号には、その決定過程や発表後の首相談話に胡散臭さを感じていましたが、中西先生のコメントにより、許容できました。

前置きが長くなりましたが、『憲法についていま私が考えること』読了です。
中西先生は「令和」の意味について講演された中で、現代の宰相に平和憲法を尊重するよう求めたそうです。その記事中に、中西先生がこの本に寄稿しているとありました。ちょうど、憲法記念日。Kindleポチって読みました。

中西先生は、「象徴天皇は巨大な日本の良心であると心底思っている。」と、「無礼な言だが」と前置きし仰っています。僭越ながら私も同感です。そして、非礼を承知ながら申し上げると、「象徴天皇は日本人のゆとり」だとも思っています。そのゆとりを戴いていることが日本人の誇りであるとも。

象徴天皇について規定されているのが現在の日本国憲法です。
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条には戦争放棄、戦力の不保持・交戦権の否認が規定されています。
この条文があるからこそ、日本は戦後70年間諸外国と付き合うことができたのだと思います。
その憲法を変えようとする動きがあります。

この本のタイトルは『憲法についていま私が考えること』ですが、安倍首相を代表とする自民党を中心とした改憲派の方の寄稿は一切ありません。ほとんどが9条についてその理念を変えるべきではないと考えている方の文章です。どの文章も私にとっては賛同できるもの、理論的にも、感情的にも納得できるものばかりです。

憲法は、国民が可能な限り幸せに暮らすために最低限守るべきことが書かれているものだと私は理解しています。国を運営する立場の組織、人々に対する逸脱行為を禁止するというのは近代以降の立憲主義の共通原理であり常識であると吉岡忍さんは書いています。

私は現在の安倍首相を代表とする自民党の改憲案には一切賛成できません。
国を運営する立場にある人や組織が憲法を変えるべきだと言い出すのは立憲主義の否定だと思うのです。権力者が自分たちを縛るべきものを変えようとすることには胡散臭さしか感じられません。極論かもしれませんが、日本の総理大臣に改憲を言い出す権利はないと思っています。特に今の政権には国民の総意としての改憲という考え方があるとは思えないのです。

安倍首相にお願いです。もしあなたが日本の未来のため、国民全体の幸せのためには改憲が絶対に必要だと真剣に思い、それを使命だと思っているなら。総理大臣を辞めてください。一切の公職につかないでください。そして、憲法改正の内容と理念を明確にしてマニフェストのトップに掲げ、一議員として立候補してください。自民党議員皆さんも同様にお願いします。改憲を唱える人は入閣しないでください。そうして当選したら同じ意見を持つ国民の代表として、一議員の立場で改憲の発議をお願いします。
現在の日本国憲法は、成り立ちがどうであれ(私は間違っているとは思っていません)国民の総意として存在しますが、安倍さん、あなたが総理大臣であることは国民の総意ではありません。


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2019年5月20日 (月)

19019. 『闇夜の底で踊れ』 増島拓哉

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    『闇夜の底で踊れ』 増島拓哉

 

娘は今春大学に入学して、どのサークルに入るのか迷っています。
「司法試験研究会」には入会しました。法律の勉強はまだ始めたばかりで何を質問すればいいのか分からないので、本格的に参加できるのはまだ先になりそうです。

「グリークラブ」は雰囲気良かったけれど、入部の時期を逸してしまった。「グリー」は娘の通う大学随一の名門クラブ。男声合唱だけど最近女子部も出来たみたい。でも、娘は音痴なのでマネージャーになろうかと思っていたそうです。

「ディベート部」に入ると唯一の女子部員になってしまうし、部員少なくて廃部寸前。苦労しそうだし、サークルに入る最大の目的である友達作りが実現できない。この「ディベート部」は、私が勤めていた会社の後輩が創設者らしいです。世の中狭いです。

「ミステリ研究会」が最後の候補。これはモロ私の影響でしょうか。なかなか活動に出会えなくて、連休明けにやっとお試し参加。

で、増島拓哉さんです。この「ミス研」に所属しています。娘と同じ法学部の先輩。『闇夜の底で踊れ』は、「第31回小説すばる新人賞」受賞作です。
娘からの興奮した報告。彼女曰く、
「パパの好きなハードボイルド系で私の好みじゃなさそうだけど」
ということで早速購入。Kindleにダウンロード。一気読み。

主人公は30代半ばの元やくざ。パチンコ依存症のフリーター。ソープ嬢に入れ揚げた挙句再び暴力団とつきあうことになる。
救いようのない残酷なお話なのですが、登場人物の会話が絶妙に楽しく悲壮感なし。花村萬月さん(第2回小説すばる新人賞受賞)の『ブルース』などの初期作品と浅田次郎さんの『プリズンホテルシリーズ』を貪り読んだことを思い出しました。
このお二方は、それぞれ社会経験を積んでデビューしていますが、増島さんはまだ19歳。パチンコもソープもダメな筈ですが、それを感じさせない筆致、描写力。唸らされ、時折ジェラシーを感じながらの一気読みでした。

パチンコはネット動画を見て研究し書いたそうです。彼の才能は凄いと思いますが、花村さんや浅田さんのように人生経験に基づかず、バーチャルな経験だけで優れた小説を書くことができてしまう。えらい時代なったものです。才能さえあれば何でも書けてしまう時代とも言えるでしょうか。人生経験がないから、前出のお二人のような文章の深みが足りない、なんて思うのは爺の僻みですかね。作者のバックボーンを知らないで読んだら決して感じなかったと思うから。

とにかく、とても面白い私好みの作品で今後が楽しみな作家です。

さて、娘はミステリ研究会に入るのでしょうか。

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2019年1月 1日 (火)

2019年、明けましておめでとうございます。

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2019
年、明けましておめでとうございます。
いよいよ還暦を迎えます。
本来なら、今年定年の予定でしたが、予想外の展開で早めに仕事をやめてしまい、あっという間に5年経ってしまいました。
自分に何ができるのか、するべきなのか、いろいろ考えました。
結果、「テニス」と「本」に私なりのアプローチをしていくことにしました。
つまり、これまでとあまり変わることなくボチボチ生きていくことになります。

昨年は、日本テニス協会広報委員として、デビスカップ、フェドカップだけでなく、全日本ジュニア、全日本選手権もお手伝いさせていただきました。トーナメント全日程に係るのは、学生テニス連盟の役員だった学生時代以来ほぼ40年ぶりのことでした。
日本のテニス界の現状に少しだけですが触れることができました。
懐かしい先輩、同期、後輩との再会もありました。
そして、テニスが私の人生に大きな影響を及ぼしていることをあらためて感じました。

ジュニアの頃に指導していただいた方々のほとんどが、ボランティアだったと思います。素晴らしい方ばかりで、今思えばとても贅沢なことでした。
高校時代はチームメイト、パートナーと当時大学生だった先輩のコーチに恵まれ、世間知らずの生意気で迷惑ばかりかけていた私もインターハイに出場できました。
私のテニス人生最大の華です。
そのおかげで大学に進学できて、そこでも素敵な仲間や先輩に出会いました。

今、私がテニスを続けていることが、今まで出会った皆様へのせめてもの恩返しだと思っています。そして、これからも私なりにテニスの素晴らしさを出来るだけ沢山の人に伝えていきたいと思います。

本年も、そしてその先も、どうかよろしくお願い申し上げます。

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2018年12月 2日 (日)

18017.『空に向かってかっ飛ばせ!』 筒香嘉智

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18017.『空に向かってかっ飛ばせ!』 筒香嘉智


もともと阪神タイガースファンだった私ですが、最近の野球にはほとんど興味がなくなりました。特に高校野球は昔から嫌いです。
我が高校では地区大会一回戦も勝てないどころか、ある年には部員が足らず参加もできなかった弱小野球部には合宿が認められ、インターハイ出場した我らテニス部やほかすべての運動部には認められていませんでした。別に合宿なんてしたくなかったけど理不尽だと思いました。なんで野球部だけが特別扱いなんだ。

乳母車の娘と散歩していた公園のグランドで練習していた少年野球チーム。咥え煙草でノックをしながら選手たちに罵声を浴びせている大人。悲しくて忘れられない光景です。親は何を考えてそのチームに子供を参加させていたのでしょう。子供たちが可哀そうでした。20年近く前のことです。

「野球」に根付く「根性」とか「気力」とか「努力」というイメージがなんとなく胡散臭いものだと感じていたのが、好きになれない理由だと思います。

野茂さん以降、大リーグに挑戦した選手たちはそんな「野球」より「ベースボール」というスポーツをしたいと思ったのではないでしょうか。イチローさんや大谷さんなど、皆さん「アスリート」と呼ぶにふさわしいと感じます。一見グローバル化している「野球」ですが、旧態依然としたものが蔓延っているみたいです。
最近ではさすがに咥え煙草はないだろうけど、厳しい言葉で叱責することを「指導」だと勘違いしている大人はまだまだいるようです。そして、そのことが少年野球人口の減少の一因であると筒香選手も考えています。

私はこの類の本はあまり読まないのですが、「勝利至上主義が子供の将来を奪う」など、野球界の現状を憂い、慣習としか思えない古い考え方からの脱却を提言していると思われる目次を見て、思わずKindleをポチってしまいました。

筒香選手は、私の現在の地元にある少年野球チームの出身です。彼は理解ある良い指導者に恵まれて現在の自分があると書いています。そして、子どもの将来を見据えたチームやリーグの運営に携わっています。その考え方は合理的だと思うし共感できます。陰りがあるといえども、日本第二の国技とも言われる野球です。より良い方向に向かって欲しいと思います。


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2018年5月24日 (木)

日大アメフト部関連の記者会見を見て思うこと

日大アメフト部関連の記者会見。選手の記者会見を見て思ったことを書こうと思っていたら、いきなり監督、コーチが記者会見した。巷にあふれる論評のほぼすべてが、選手の記者会見は素晴らしく、監督、コーチのものは最低レベルであるというもの。

私も世の論評に同意。監督、コーチの会見では、発言の度に彼らが指導者として能力に欠けていると思わせるばかり。しかも、司会者の仕切りは、アメフト部だけでなく日大広報も無能であると証明してしまいました。日大には危機管理学部があるようですが、受験生にはおすすめできませんね。

思うのは、私は幸せであったということ。

50年近くテニスをしています。高校、大学では体育会に所属していました。
小学生で初めてコートに立って以来、出会い、指導していただいた方はすべて素晴らしい方ばかりでした。
選手として素晴らしい実績を持ちながら、ボランティアで。世間を知らず、生意気で、体力もなく、技術も未熟な私を見放さず相手をしてくださいました。怒られたり、感情的に何かを言われたという記憶はありません。

何よりも、私に50年間もテニスを続けさせてくれたことに感謝しています。

テニスを通じて知り合い、受け入れてくれた皆さんのおかげで、私はこれまで生きてこられました。いや、ホントに。大袈裟でなく本気でそう思っています。

今回のアメフト問題。日大指導者の最大の罪は、選手がアメフトを続けられなくなってしまったことだと思います。

ジュニアや学生スポーツの指導における最大の目標は、その競技を好きになり、一生続けられる環境を作ることだと思います。どんなスポーツでも、上手くなった方が楽しいし、勝てば嬉しい。負ければ悔しい。でも、勝者が存在するには敗者が必要です。どんな競技でも、お互いのリスペクトがなければ成り立ちません。だって、最終的な勝者はただ一人。他はすべて敗者。勝たなければ意味がないことになれば、ほとんどの人が競技をする意味がなくなってしまうじゃないですか。勝利至上主義はありえないのです。

テニスのチャンピオンスピーチは、対戦相手を称えることから始まります。そして関わった方々へ感謝します。日大指導者の一連の発言には、敬意や感謝が全く感じられません。彼らが指導するチームが学生アメフトの頂点にいるということが残念でなりません。アメフト競技全体が大きなダメージをうけた事件だと思いますが、関学他、真剣に真面目に取り組んでいるチームの皆さんには、頑張って良いプレーを見せてもらいたいと思います。

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2018年5月22日 (火)

体育会のくだらない慣習

日大アメフト部事件は、タックルされた関学選手が被害届を提出、タックルした日大選手本人が記者会見という最悪の展開になりました。日大内田監督の言動に納得できないことからの対応のようです。

内田監督は自身が反則を指示したかどうかについては明言しませんでした。非難される最大の理由はここですが、相手校の学校名を間違えていたというのも大きく非難的に報道されています。

私も一応、大学体育会出身です。体育会の常識としてライバル校の校名を間違えることはあり得ません。この一点だけでも、私はこの監督を信用することはできないのです。

テニスは完全に個人競技ですが、団体戦も行われます。強い選手から順番に対戦して勝敗を競います。対戦前にオーダーを交換するのですが、これが大層で大変でした。奉書紙に墨書きで、自校の選手名を書きます。ここで相手校の正式名称を間違えると大変なことになります。対戦を拒否されても仕方がないほどの事態となるのです。

部の正式名称というのも曲者なのです。名門慶応は「慶応義塾体育会庭球部」だったと思います。「慶応」の後に「大学」が入らないのです。当時はほとんどが「庭球部」でしたが、「テニス部」のところとか、「硬式」が入る、入らないとか。必ず、相手校に確認して、試合の前日には大騒ぎしながら、厳粛にオーダーを書いていました。くだらない、無駄な慣習かもしれません。今ではこんなことしていないですよね。決められたフォーマットに記入しているのだと思います。もしかしたら早慶戦くらいはやっているかな。

この奉書紙のオーダーには、対戦を大切に思う気持ちと相手校へのリスペクトが込められていたのだと思います。オーダー交換の方法が変わったとしても、この気持ちは忘れてはいけないと思います。大仰なオーダー交換は残してもいい体育会的慣習だったかもしれません。本質を忘れなければ。

こんな時代に体育会を経験した、決して真面目ではなく、練習はサボりまくっていた、体育会嫌いの私でさえ、相手校の正式名称を間違える奴なんて信じられません。

体育会体質の中に、上級生、OB、指導者に絶対服従があるようです。悪しき慣習ですよね。「絶対」に「服従」なんて論外。お互いがお互いを理解して、同じ目的に対して邁進するのが真の体育会体質だと思います。指導者は信用、信頼、尊敬されてこそ指導者です。

スポーツの世界では勝者はただ一人。他はすべて敗者となります。敗者がいなければ勝者は存在できません。特に大学スポーツにおいては「勝利至上主義」はあり得ないと思います。

日大アメフト部が「勝利至上主義」のために、選手に「絶対服従」を強いて起こってしまった、としか思えないこの事件は、アメフトだけでなく大学体育会全体を貶めるものだと思います。

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2018年5月21日 (月)

日大アメフト部の事件

国民的事件となってしまった「関学VS日大 アメフト定期戦における違法タックル事件」。日大の内田監督がやっと姿を現し、関学関係者に謝罪して辞任を表明しました。内田監督はさぞ悔しい思いをしているでしょうね。

「なんで私がこれだけ非難されてマスコミに血祭りにされて辞めなくてはいけないのか」
と。

「あそこまで露骨な反則なんて指示していない。ばれない様にギリギリのところでやるのが当たり前だろ。へたくそで馬鹿な選手のせいで私のキャリアは無茶苦茶だ。」
「私は監督という絶対権力者だ。私の思いを忖度し、私に責任が及ばないよう上手くやるのが選手の使命だ。」
なんて思っているとしか思えないこれまでの経過と彼の態度。
そして何も動かない日本大学本体。

内田監督が悔しい思いをするのも仕方ないかもしれません。だって、この国では、最高権力者に忖度して違法行為ともいえることまでするのが当たり前。上からの指示はなかったとさえ言えばそれで終わり。事の顛末は明らかにする必要がないのですから。

内田監督は、潔さを感じさせたいのか
「すべては私の責任。弁解もしない。」
とは言いながら、反則を指示したことは明らかにしていないし、選手を擁護する言葉もなかったようです。24日までに文書で関学側に明らかにするとは言っていますが、期待できないように思います。

誰もが思っていると思いますが、顛末を明らかにして、内田監督にはすべての指導的立場から消えてほしいと思います。

それにしても、今回の騒動では、ほとんど日大サイドを擁護するコメントが見られませんね。

最近の日本では、最高責任者が明確な指示をしているかどうかだけが問題となり、物事の本質を忘れてしまうという風潮がまかり通っています。

高く買うところがあったにもかかわらすそれを安すぎるとことわりながら、権力者が関係しているところに国有地をただ同然で売る。権力者の友人には有利な条件で権利を認可する。立場を利用して相手を怖がらせ、不愉快な思いをさせた役人を法に触れていないと擁護する。すべてが、誰かの指示があろうとなかろうと、行われたこと自体が異常で間違ったことであるにもかかわらず、最高責任は自分の責任ではないと逃げるばかり。周辺は彼を守りことの顛末を明らかにしない。

そんな政治を異常だと思わないで現政権を支持する人がまだ3割もいるこの国のおかしさ。政権を非難する人々に対する誹謗中傷の多さ。であれば、日大アメフト部監督を擁護する人が出るとは思いきや、ほぼ沈黙。日本全体が日大を非難。

このアメフトの問題と同じように、いま日本の政治で何が行われているのか考えなくてはいけないと思います。たかがスポーツの問題で政治と一緒にするな、なんて言わないで欲しいな。



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